第二次世界大戦が終結して10年後のロンドン近郊、旧イギリス貴族の由緒ある屋敷。新しいアメリカ人の主人から短期間の休暇を与えられた執事、スティーブンスは、西へ向けてのドライブ旅行に出かける。過去に屋敷を去ったミス・ケントンの消息を訪ねると言う目的を持って。

展開されるイングランドの田舎の素晴らしい光景。諸外国の派手さではなく、落ち着き、慎ましさこそ、イギリスの持つ真の美しさである、と思う。
道中に出会うさまざまな人々との会話を通じ、執事としての栄光の日々が思い起こされる。
自らの職業的あり方を貫き、それに耐える能力こそ、品格の有無を決定するとの思いは揺るがない。
そして、品格を体現したという自負心。誇り。
自ら仕えたダーリントン卿こそ、真の紳士。
しかし、過ぎ行く大英帝国の残照が、影を指す。

そして、ミス・ケントンとの再会。過ちの人生がはっきりと姿を現す。

旅を終えて気づくのは、過ぎ去った執事としての栄光の人生。些細なミスの多さが、体力・知力の衰えをはっきり示す。
パックス・ブリタニカの権勢はとうに過ぎ、米ソ超大国に挟まれ、1960年代に植民地の独立が相次ぎ、衰退するばかりの祖国。
そして、もしかしたら歩めたかもしれない、ミス・ケントンとの結婚生活……。
それらが夕焼けの光景に重なり、スティーブンスは静かに涙を流す……。
「日の名残」
タイトルが見事な、美しすぎる物語。
英国最高のブッカー賞受賞作。納得だ。

THE REMAINS OF THE DAY
日の名残り
著者:カズオ・イシグロ(石黒一雄)、土屋政雄訳、早川書房・2001年5月発行
2009年10月13日読了