20世紀後半の最大の出来事といえば……ベルリンの壁の崩壊! 1989年の東欧大激変を舞台に、エネルギッシュな日本人と新世代ロシア人の活躍を描く。

スピード出世した総合商社を退職し、事業を興す決意に燃える主人公は、イギリス人の自称"ビジネスマン"(MI6)の仕事を請け負い、ハンガリーへ入国する。
オペレーション・スバボーダ。(ロシア語で"自由"。)
時は1988年。鉄のカーテンの倒壊に向けて、時代の勢いは加速する……。

サーシャの親父、ブラスコフ退役少将は「頑迷な保守的ソビエト人」だ。だがその生き方は、明治人に通底するものがある。最後まで矜持を保つ姿が感動的だ。

作中、ハンガリー外務省職員が登場する。ソビエトの頸木から逃れよう、本来持つべき自由を取り戻そうとの強い思いが、カネを目的としない崇高な行為となる。何より「1956年、20万人同胞を殺害された恨み」は強く、国家として共産主義の挑戦状を叩き付けることの動機が、ここにある。
ドプチェク氏の回想録を読んだとき、少なからぬ感動を抱いたことを思い出したぞ。(こちらはチェコスロバキアだが。)

・ヘーゲルの「地平線の彼方に光を見た男、すなわち英雄」
・小さな知識と狭い経験ほど危険なものはない。
・今日一日、今一刻の命
・国や民族を十把一絡げに考えない。あくまでも個人を見る。
・世界はダイナミックに動いている。不可能という言葉など認めてはならない。

まぁ、最終章手前の、男にとって実に都合の良い展開はご愛敬だが、それも神の意志が働いた、とされる。
この描写を読んで思い出したのは、元ソ連外相、エドワルド・シュワルナゼと著者との対談だ。インタビュアーとしての著者の最初の質問が「神の存在を信じるか?」であり、これはシュワルナゼ氏をひとめ見て、突然、啓示を受けたように湧いた質問だという。で、シュワルナゼ氏の回答は「神は信じないが、天空に偉大な何かが存在することを感じている」だったと記憶している。
ゴルバチョフ氏の隣に立ち、実質的にソ連政治の方向性を決めたシュワルナゼ氏。祖国グルジアの大統領に就任するまでは良かったが、エリツィンのロシアに執拗に圧迫され続けた。軍事介入と傀儡政権の擁立には果敢に対抗するも敗れ去り、ひっそりと舞台から消えていった……。
人生とはままならないものだと、つくづく思う。

王たちの行進
著者:落合信彦、集英社・1998年6月発行
2010年1月28日読了