キップリングとほぼ同時代に活躍した英語作家、コンラッド。実は彼は没落したポーランド貴族であり、船乗りでもあった。文壇デビューは実に37歳。これまで「闇の奥」以外読んだこと無かったが、短編集を手に入れたので開いてみた。

「文明の前哨地点」An Outpost of Progress(1897年)
アフリカの支配に乗り出すイギリス人。確保した地所を拠点に貿易を行い、富を本国へと集約するシステムは、帝国主義の特徴のひとつだ。現地人の協力者は、内心では当然、支配者を利用することで、我の勢力を維持することに関心がある。
雇われ白人は、つい自分の立場を忘れるときがある。本当の支配者にこき使われる自分の立場を。異質の境遇、半ば見捨てられた僻地での任務は、精神に破綻を求めるのか。壊れていく白人たちを見つめる現地人の協力者が、実は一番強いのではないのか。

「秘密の同居人」The Secret Sharer(1910年)
疎外感を秘めて任に当たる新米船長。前代未聞の"船長による当直"を遂行中、夜中の船外に全裸の男の姿を発見する。
タイを出港してカンボジア近海の小島までの短い期間の、自分以外に所在を知られていない逃亡者との同居生活。孤独者同士の連帯感。孤独な船上で孤独な存在の自分たち。この辺りの感情が良く表現されている。
最後の"帽子"の使い方がうまいな。

「密告者」The Informer(1906年)
無政府主義者の悲しい物語。
どんなに強固な"信念"も、最後は恋心に道を譲る、か。そのために身を滅ぼしても、本望だったんだろうな。

「プリンス・ローマン」Prince Roman(1911年)
プロイセン、ロシア、オーストリアの三大帝国に分割支配されながら、独立の夢を捨てきれない悲劇の国、ポーランド。そんな幻想国家の貴族階級にできることは、占領国を影で罵る大衆の意見に同調するぐらいだ。
その中にあって、断固、民衆の側に付き、ツアーリの近衛を辞職し、ポーランドの反乱に参加した若い貴族の、作中とはいえ、その尊い人格には感嘆させられた。そして、その後の苛烈な運命も、されに乗り越えたあとの「さらなる挑戦」は、偉人の在り方を教えてくれる。国が分割され、抑圧され続けたポーランドの民だからこそ書けた作品か。
ローマン・サングスコ公爵=実在の人物をモデルに書かれたと言うから、感動もひとしおだ。

「ある船の話」The Tale(1917年)
男の語る「部隊長」の決断が、実は本人である「男」に執拗に後を引く。自分の殺害した多数が無実の衆であったのか、犯罪者集団であったのか、いまもってわからない。
人間の信心と気高い行為を信じるあまり、正義、礼節、慎み深い感情を嘲笑う偽善者を決して許しておけない、一軍人としての自分。
最高指揮官としての決断の是非が、死ぬまでのしかかる。現実から逃げる術はなく、ただ女に語って聴かせるだけの日々。この苦悩、分かるような気がするなぁ。

それにしても、コンラッド。反乱に荷担した貴族の息子として、人生のスタート地点から足かせ付きだったとは知らなかった。船員として流れに流れ、最後にイギリス国籍を取得するまでの、まさに波乱の人生。船員生活での多彩な経験が、その著作にも独自の暗い影=罪人、孤独人、国家の圧力を感じさせるようで、実に味わい深い。

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集の第Ⅲ集に「ロード・ジム」が収められるようだ。楽しみだぞ。

コンラッド短篇集
著者:ジョウゼフ・コンラッド、井上義夫(編訳)、筑摩書房・2010年1月発行
2010年4月4日読了