「告白」
深い雪の中、親友へ家庭事情を吐露する女子高生。思い出がフラッシュバックし、日常が変わる予感。しっかりしてるけど照れ屋の主人公と、その父親の性格が泣ける。ラスト、迎えに来た父への"本当の告白"にはやられたな。

「回転扉」
華やかな大女優のささやかな内緒話。赤貧の子供時代。一人で大銀行の石段に座り、街行く紳士淑女を眺める日々。回転扉から登場した「あの人」に出会ったのはそんな一日。出会いではなく見かけただけなのだが、正統派ブリティッシュ・スタイルの紳士が強烈な印象に残った。以降、10年ごとに出会うたびに運命が開け、また暗転してきた。普通の家族と普通の喜怒哀楽。それが彼女の望み。何かに翻弄される人生譚が切ない。

「あなたに会いたい」
故郷を捨てた男に、ふと沸き上がった郷愁の念。レンタカーのカーナビの指し示すままに山奥へ誘われるにつれ、上京前に捨て去った年上の女性の影が大きくなる。
わきめもふらずに働いてきた人生では、悔悟や反省などの負の記憶は置き去りにしてきた。女もまたしかり。非情な行為の言い訳はいくらでもできるし、陰鬱なふるさとの象徴を捨て去ったことに悔いは無いはずだった。だが意識の深層が醸し出す感情は、怜悧な思考に見直しを求めるのか。

他に「情夜」、「適当なアルバイト」、「風蕭蕭」、「忘れじの宿」、「黒い森」、「同じ棲」、「冬の旅」、表題作「月下の恋人」を所収。

月下の恋人
著者:浅田次郎、光文社・2006年10月発行
2010年6月18日読了