文化大革命を生き抜いた中国人作家の中・短編集。内容が難解で一筋縄ではいかない。

「痕」(痕:ヘン)
人付き合いを好まない"むしろ織師"、痕に、高値買取契約が締結される幸運が訪れる。
買い取られた作品は山中に放置され朽ちるのみだが、痕は気にしなくなる。やがて仕事をしなくとも支払われる高額の金子に、感覚は麻痺する。老齢の鍛冶屋、友人の弟子、御茶屋の女将は得体の知れない人物だし、発生する物事も奇怪だが、不思議世界の中では当然のこととして受け流される。解けない謎もそのままだ。
正義の無い世界。不条理がまかり通る1991年の中国社会を揶揄したものかもしれない。

「不思議な木の家」(奇異的木板房)
何の変哲もない材木を組み合わせただけの家-異様に高いと言う一点を除いて。七階より上は霧に隠れて見えず、どれだけ住人がいるかさえ分からない。最上階へと上る私。その意図も不明のまま、物語は進行する。
とかく世の中はわからないことだらけ。現実もそうか。

「暗夜」(暗夜)
知り合いの老人に「猿山」で連れて行ってもらえることになり、喜びと期待を胸に夜更けに家を抜け出す14歳の少年、敏菊(ミンチュイ)。
深夜に一輪車を押す人足の群れ。わらで出来た馬。なぜか夜中に出会う友人、知らない親戚、一輪車の荷台にあぐらを組んで座る父親。食べるように勧められたのは"友人の片足"だ。
いつまでも訪れない夜明け。やがて消える老人。

目的を果たせず家に帰ると「猿山なんて存在しない」と言い張る兄と、"末世の到来"とその事態への敏菊の準備不足をなじる母親に対面する。
そして家を捨て、独りで猿山へ向かう決意をする。
他人への依存から脱却し、すべて自分の責任で行動するに至る。それが大人への成長だけでなく、次のステップ=真実に堂々と向き合うことを示唆するのだろうか。

巻末の翻訳者による解説によると「語ることによって覆い隠す『わたし』を、語らないことによって暴き出す」ことが、"語る"ことの真意だとされる。あえて見ない自分の姿。言葉によって合理化される前の、見たくない自分の真の姿を知ることこそ、真理の探究につながるということだろうか。

他に「阿梅、ある太陽の日の憩い」(阿梅在一個太陽天里的憩思)、
「わたしのあの世界でのこと-友へ」(我在那個世界里的事情-給朋友)、
「帰り道」(帰途)、「世外の桃源」(世外桃源)を収録。

AN YE
暗夜
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-06所収
著者:残雪、近藤直子(訳)、河出書房新社・2008年8月発行
2010年9月24日読了