蒼穹の昴、珍妃の井戸、中原の虹に続く浅田次郎中国シリーズ最新作。

東北・満州を掌中に収め、ついには河北・北京をわがものにした張作霖。あえて皇帝を名乗らず、自らを大元帥と称したのは何故か。勝利が確実視されていたにもかかわらず、蒋介石との決戦を回避し、北京を手放して東北へ引き上げたのは何故か。
で、事実上の国家元首である張作霖を爆殺した犯人は誰なのか。

事件の解明は、陸軍刑務所に収監されていた志津中尉に委ねられた。
夜間に突然、皇居に招集された志津の驚きと、その度胸が心地よい。

もう一人の主人公は"鋼鉄の公爵"だ。そのモノローグが物語にハマリ、実に良い味を醸し出している。

著者の立場は明快だ。品格も矜持も恥も捨て去った昭和日本の、他国へのあからさまな侵略行為を辛辣に批判している。

昭和時代初期からの中国進出。特に満州事変を中心に関東軍の暴走、と言うのが定説だが、その根は深い。幼年学校から予科を経て、士官学校で共通の価値観を身につけた「陸軍大家族」全体の問題であり、軍人が政権を担ったことが悲劇を招いたことが志津の内部批判として表明される。

中国を愛する著者のメッセージは様々に読み取れるが、西洋文明の功罪に対し、中華文明の真髄を説く西太后の言葉に想いが集約されているのだろう。
「……中華という呼び名は、世界の中心という意味じゃないのよ。この地球のまんなかに咲く、大きな華。それが中華の国。人殺しの機械を作る文明など信じずに、たゆみなく、ゆっくりと、詩文を作り花を賞で、お茶を淹れおいしい料理をこしらえ、歌い、舞い踊ることが文化だと信じて疑わぬ、中華の国よ」(265頁)

最終章に登場するは蒼穹の昴の主人公、春児。こうでなくっちゃ! 愛新覚羅家の没落を目の当たりにしつつ、いつか皇帝になりたいと希望する幼い溥儀に"是"と答える姿には、希望が持てる。

帰国前日に、すべてを理解した志津。彼の苦渋の決断が、第6章と第7章の間隙にみえた。
「軍人は忠義であるよりも、正義でなければならぬ」(299頁)
肝要なのは"日本人の誇り"を思い出せ、と言うことだな。

A MANCHURIAN REPORT
マンチュリアン・リポート
著者:浅田次郎、講談社・2010年9月発行
2010年10月10日読了