ロンドン留学中の漱石が友人の正岡子規と高浜虚子に宛てた手紙。1901年4月9日の午前中の出来事と、下宿の負債事件と移転騒動を日記風に綴り、当時の下宿の様子、英国人の生活やロンドンの街の様子、下宿の主人と"神さん"、その妹や下女のことが伝えられる。
何より「こころ」等の作品と異なり私信なので、夏目金之助の本来の性格が垣間見られて実に面白い。

・ヴィクトリア時代の朝は総じて遅かったことがわかる。朝を告げる鐘は7時30分に鳴る。下女の起床も7時過ぎ。

・箪笥と比較して、クローゼットを「ペンキを塗った箱」と表現している。

・朝食はオートミール。"スコットランドでは人が食し、イングランドでは馬に与える"とのジョンソン英語辞典を引用し、「イングランド人は馬に近くなったようだ」と冗談を言う。

・「西洋の新聞は実にでがある」(=嵩がある)と書いている。2010年3月と5月にロンドンに旅行したが、確かに分厚い新聞だったことを僕も思い出した。同じ体験をしたようで、思わずニヤリとした。

・日本人の学んだ英語は上流階級の話すQueen's Englishであり、ロンドンの中流階級の方言(Cockney)には辟易していることが開陳される。エイをアイと発音するあれですね。

・留学生の苦悩が滔々と語られる。欧州へ来たからには一冊でも多く彼の地の書籍を購入して帰る、との決意は立派だ。

・若き漱石の処世の方針が書かれている。妄りに過去に執着せず徒に将来に望みを属せず、満身の力を込めて現在に働く、とある。なるほどなぁ。

それにしても"アンポンタン"(安本丹)って、この時代から使われていたのか……。

漱石全集第一二巻 倫敦消息
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年12月発行
2010年10月16日読了