著者は1979年テヘラン生まれ。日本で修士号を取得しパナソニックに勤めている才女で、この作品集を日本語で著したと言うから驚きだ。

表題作の「白い紙」は、文學界新人賞受賞作だ。
イラン・イラク戦争の最中、国境に近い田舎町で互いを意識する高校生の男女。うぶな邂逅が実に微笑ましい。
モスク、アザーン、礼拝、ラマダーン。退屈な授業。そして空襲警報。

自らの未来を決められる白い紙。そして兵隊への志願を即す用紙も、白い紙だ。
戦争は日常生活をなぎ倒し、ひとの運命を強制づける。その希望や才能や可能性に関係なく、個人を全体の流れに収斂してしまう。深い悲しみが、トラックの荷台に座り込んだハサンの表情をこわばらせる。

約束された将来を示す"白い紙"を二つに引き裂くとき、ハサンは何を思ったのだろう。

本作ではムスリムの家庭と学校の日常、ムスリムの"男女関係"がさりげなく散りばめられ、異文化理解の窓口ともなる。加えてシーア派ムスリムの"ナマの"習慣を知ることが出来るのは、著者がイラン女性ならではだろう。

「サラム」はアフガニスタン難民申請者をサポートする弁護士の通訳学生を主人公に、日本の難民受け入れ制度にメスを入れる。時期は2001年夏から秋であり、例の同時多発テロも上手く取り入れている。
人道的には難民を受け入れるべきだが、社会的な事情をふまえると簡単にはいかない。弁護士の口から語られる現実は厳しい。
「日本は冷たい国かもしれない」
そうはわかっていても、多民族国家アメリカや"人道的な"EUで起きている問題をみれば、冷たかろうが非人道的だろうが、他国から非難されようが、日本国民の将来のためには、現実の政策を通すしかないだろう。

カバー、表紙の装画も素晴らしく、電子書籍では得られないであろう魅力がこの書籍には溢れている。

白い紙/サラム
著者:シリン・ネザマフィ、文藝春秋・2009年8月発行
2010年10月19日読了