20世紀の著書だから内容が陳腐化しているかもしれないが、とにかく読んでみた。

■貧困からの脱却と発展への道
世界の経済格差のゆがみを俯瞰し、帝国主義時代の宗主国のように"強者のルール"を策定し、弱者である途上国を締め付けるIMF、WTOの政策を批判する。
その上で、非西洋諸国の発展を、地域・社会の構造や伝統を外来知識や制度と組み合わせることで再創造し、内発的発展するべきだと説く。この点、明治政府と当時の日本国民の聡明さはもっと尊重されるべきだと思う。

■<南>の世界における平和と開発
多国籍企業に代表されるグローバリズムの主体に対抗できるよう"人民のエンパワーメント"の必要性が説かれるが、市民団体や地方自治体(どちらも集団の利益が思惑として連なる)の活動を過大評価している感がある。

リー・クアンユーのシンガポールや近年の中国に代表される「開発独裁」を著者は強く非難し、経済発展よりも民主化を優先するべきであると説く。ただ、やみくもに民主化を進めれば良いというのではなく、その質こそ重要であるとの指摘は有意義だ。複数政党制を導入しても、民族主義的感情を煽り、外国人排斥を訴える政党が躍進することになれば、民主化の真髄は崩れ去る。ファシズムとナチズムの台頭が代表的だが、1990年代のインド人民党の組閣もこの例に挙げられるだろう。

■民主化の諸相
20世紀後半、特に冷戦終了後における権威主義政治体制から民主主義政治体制への変遷に関し考察される。手続き的民主主義の普遍化、その体制を護るための、異様な価値観に基づく体制を民主化する必要性。他方で手続き的民主主義の内包する問題、特に少数者への構造的差別を抑制し、共通善を実現するための民主主義の"深化"の重要性が説かれる。
市民運動と民衆運動の差異は勉強になった。特に1989年に発足した韓国の「経済正義実践市民運動聯合」の発起宣言文は、普遍性のある理念だと思う。

■「南の世界」における政治主体
南アジア=インド、パキスタン、バングラディシュでは、コミュナリズム=自らの宗教共同体への帰属意識による思考や行動による死者を伴う衝突が、1947年の英国統治下からの分離独立以降、特に1980年頃より激しく繰り返されてきた。世俗政体に反発する宗教原理主義の民衆レベルでの台頭が世界的に顕著となり、この地域で特にその傾向が強い。

アヨーディヤー・モスク事件。神話を"歴史的事実"としてねつ造し、それを民族的・宗教的運動として利用してムスリムを攻撃して熱情を煽り、ついには政権を握ったのがBJP、インド人民党だ。ヒンドゥー至上主義で知られ、組閣後の1998年に核武装を宣言し、1999年にパキスタンとカルギル紛争を戦った。人口の大多数を占めるヒンドゥー教徒にしてみれば当然の選択かもしれないが、原理主義が政権を握ると極端な政策に走るのはキリスト教、イスラム教、仏教に限らず右派の特徴だ。「顔の見える個別の隣人」が「われわれと異なる集団」に変遷するとき、平和が崩れ去る。ボスニアもそうだし、最近の日本と中国もそうだろう。

■地域紛争と「予防外交」
主に欧米から発信された地域紛争の原因に関する言説は「冷戦後の地域紛争の原因は南側諸国の内部構造にある。北は紛争防止のために介入を行う」前提にあるとし、著者はその欺瞞を鋭く指摘する。
・湾岸戦争はイラクの野心だけが原因でない。"イランの敵国イラク"を長年軍事支援しながら、冷戦後はイラクをソ連に変わる仮想敵国とし、国境油田を巡るクエートとの諍いに「関与しない」とし、開戦へと誘い込んだことが後日の政府文書で明確にされた。
・1992年の分裂瀬戸際の旧ユーゴスラヴィア。統一間もないドイツの野心が、初期の和平プロセスを破綻に追い込み、悲惨な内戦を招いたことが明確にされる。
・アフリカの内戦も直接の介入はないにせよ、19世紀以降の列強の植民地政策が遠因になるものもあり、旧宗主国に責任無しとは言えない。

途上国の地域紛争に先進国は何らかのかたちで関与している。日本も間接的な兵器技術の輸出で米国の軍事行動に参画しており人ごとではない。

1990年後半になると、従来の"国家主権の聖域化・不可侵"に替え、人権・人道面からの国家主権への介入の正当性が徐々にコンセンサスを得るようになった。中国政府の反発にもかかわらず、あえて2010年ノーベル平和賞を「政治犯」に付与したのも、その表れだろう。

従来は途上国の内戦または国家間紛争への介入が行われてきたが、著者は野心的な提言を行う。すなわち予防外交の手段として
「諸大国の兵器輸出にこそ介入の声を上げるべき」
である。ここでの主体は国家ではなく、市民レベルがどこまで"国際政治"に介入できるのかが、今後の議論になるのであろう。

<南>から見た世界06
グローバリゼーション下の苦闘 21世紀世界像の探究
編著者:木畑洋一、他、大月書店・1999年7月発行
2010年10月22日読了