1950年代の平和なフランス西部・ロワール地方の雨の思い出。"ボコボコ号"と名付けられた2CVの不確かな走り。祖父の愛車。頑なにカソリック信仰と伝統にこだわる"おばちゃん"。ナチスの重圧から解放され、高度成長を満喫する西欧のありふれた農村の光景だ。

家族の何気ない日常が積み重なり、見えてきた過去の忌まわしい出来事。
何もかも一変させた世界大戦。ベル・エポックの終焉。
塹壕、蔓延する病気、銃創、戦車。空爆はまだない。ヴェルダンの泥に埋もれる遺体、アルザスの水溜まりで腐乱する呼吸を停止した戦友。
そして、毒ガス。
祖父と"おばちゃん"の戦死した兄弟二人。その壮絶な最後。

戦死通知から12年を経て明らかにされた埋葬場所。「ささやかな生存の望み」の絶たれた現実は、妻を打ちのめす。
「期待を終わらせるこの最後の一線に、閉じようとする扉に涙を流したのだ」(281頁)

一人称"ぼく"が作中に出ることのない、仮想現実を活写したような文章。流麗に綴られる自伝的な物語が秀逸だ。

LES CHAMPS D'HONNEUR
名誉の戦場
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-10所収
著者:ジャン・ルオー、北代美和子(訳)、河出書房新社・2008年11月発行
2010年11月4日読了