幕末維新時代の事件や風俗を残した貴重なイラストの数々。本書は、The Illustrated London News イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ(ILN)の特派員であり、日本史上初の風刺絵画誌The Japan Punch ジャパン・パンチを創刊したワーグマンの多種多様なイラストとテキストを、時代背景に照らしながら紹介する。

チェールズ・ワーグマンは1861年=江戸幕末期にイラストレイテッド・ロンドン・ニューズ東洋特派員としてアロー号事件で揺れる中国に赴任し、長崎から江戸にたどり着いて以降、横浜に永住する。妻子も日本人だ。
イギリス公使であったオールコック、パークスとも関係が深く、将軍慶喜との会見にも同席している。

長崎からの長旅を終え、品川の東善寺=イギリス仮公使館に落ち着いた翌日の夜、いきなり水戸浪士の襲撃を受ける。縁側の下に身を隠し、一部始終を観察して絵画作品に記録したのは立派。画家としての意地か。

・良家の勝手口だろうか。布でお坊ちゃまの足を拭く女中の図では、子供の高価な服装と商家らしい立派な柱が印象に残った。(40頁)

・宴席の場には"おちょこ"を洗う大きなタルが用意される。現代では見かけない物だ。(55頁)

・薩英戦争を契機にして、幕府軍の軍備の近代化が行われる。1859年と1865年の武装の著しい変化を描いたイラストは実に秀逸だ。(58頁)

・鎖国から解き放たれた後進国の、新文明との接触と驚愕は横浜外国人居留地から始まる。馬車、自転車、西洋眼鏡に触れ、急速に洋装を取り入れる日本人の様子が滑稽に描かれる。"出っ歯と眼鏡の日本人"のイメージはワーグマンが先鞭か。(62頁~)

・幕末にシェークスピアが演じられていたとは! デンマーク王子の"ハムレットさん"を"ダンマルクの守"と称す当時の日本のセンスには参った。(70頁)

・イギリス人は明治初期の日本人を"勤勉である"とは見ていない。『馬鹿鳥の肖像』(98頁)や『夢より現実を』(102頁)、『仕事中』(105頁)に代表されるように、プロテスタンティズムの勤勉精神から見て、堕落に安逸した日本に対しては手厳しい。

王国海軍の艦船上から眺めた薩英戦争の様子などは、ILN特派員ならではのものだろう。(『下関において攻撃を受けるオランダ軍艦メヂュサ号』、186頁)

人物画を中心に描かれた庶民の生活、役人の勤務、横浜居留地の様子。写真の希有な時代、この手のスケッチは歴史理解への一助となる。

ワーグマン日本素描集
編者:清水勲、岩波書店・1987年7月発行
2011年1月29日読了