ロンドンはウェストミンスター寺院の『Poets' Corner』に埋葬されているロバート・ブローニングの夫人にして、自身が著名な女流詩人であったエリザベス・ブローニングの半生を、彼女の愛犬フラッシュの目を通じて著した作品。フラッシュをまるで人間のように描いたのが面白い。

生まれ育った自由な村から規則で縛られたロンドンへ。広大な緑の地から狭いベッドルームに束縛される日々へ。それでも、フラッシュはエリザベスとの強い絆を捨てない。上流社会に隣接する貧民街(ミヤマガラスの森)と、犬窃盗団。ヴィクトリア時代の最底辺の暮らしは強烈だ。そして"お嬢様の駆け落ち"事件だ。波乱に富んだ犬の人生。

グレイハウンドやスパニエルの純血種が重んじられるロンドンと違い、雑種が通りを闊歩するイタリアの都市(ピサ、フローレンス)に、フラッシュは面食らう。"犬の貴族様が民衆の通りに君臨する"様は滑稽だ。

原注も含め、女中であるウィルソンの人生も語られるのは興味深い。"メイドさん"と言えば聞こえが良いが、もしエリザベスの駆け落ちに同行しなければ「日の暮れる前に(屋敷から)通りへ放り出されたであろう」、皮一枚で首のつながった弱い立場のヴィクトリアン・サーヴァントにすぎない。イタリアで警官との恋に落ち、捨てられた後に「大英帝国の首都のすばらしさを知る」彼女も、人生を謳歌していると言えよう。

後年のブローニング夫人は心霊現象・オカルトに夢中になる。『見えないモノが見えている』恍惚とした表情を浮かべる異様さの前からは、フラッシュ同様、逃げ出したくなる。
"人は変わる"と言うが、上流階級の病床のお嬢様が駆け落ちし、酒を飲むようになり、夫との理解の妨げとなるオカルトへ没頭する……。人生喜劇、あるいは悲劇か。それでもブローニング夫人の側を離れず、ベッドのすぐ横で息を引き取るフラッシュの姿は感動的だ。

■蛇足
2010年5月にウェストミンスター寺院の売店で購入した書籍『Poets' Corner in Westminster Abbey』の38頁に、詩人ロバート・ブローニングはVeniceで亡くなる前、Florenceの亡き夫人の墓の隣に葬られることを望んだが、その墓地はいっぱいであったため、死後、bodyはロンドンに移送され、ウェストミンスター寺院のチョーサ-の墓の前に埋葬された、と書かれている。次に行く機会があれば確認してみよう。

Flush - A BIOGRAPHY
ある犬の伝記
著者:ヴァージニア・ウルフ、出淵敬子(訳)、晶文社・1979年10発行
2011年2月18日読了