『闇の奥』と並ぶコンラッドの代表作であり、全45章、450頁(英語原文で13万語)にもなる長編だ。

物語は大きく三部に分かれる。パトナ号での事件と『飛び降りる』までの客観的記述、海事裁判とパトゥザンでの成功までを伝えるマーロウ氏の語り、ジムを襲ったパトゥザンでの事件の顛末を知らせる、友人に宛てたマーロウ氏の手紙から構成される。

物語中、ある男はジムを『理想主義者:ロマンチスト』と評する。まっすぐに人生に対峙し、あまりにも純粋に青年は生きてきたため、『こうあるべきだ』とする理想像と、現実の無惨な結果との乖離に苦しむ。ついには、思いがけずとった行動から人生を棒に振る。

誤ったとっさの判断が人生を狂わせることは往々にしてあることだが、『理想主義者』からすれば受容しがたいことだ。
文明社会を捨て去り、マーロウの知人に紹介されたジャワ島・現地マレー人集落で生き抜くことを決意したジムは、ようやく挫折から快復し、心の充足を実感する。流れ者の白人ヤクザを撃退し、支配者の信頼を得るとともに人心を掌握しただけでなく、混血娘の愛情も得ることが出来た。
順風満帆な人生。3年後に突如『やってきた』試練も、乗り越えられるはずだった……。

名誉を喪失した人生に生きる価値はあるか? その答をジムは知っていた。

ドイツ人、現地住民の駆使する"おかしな英語"も表現されて面白いが、これはコンラッド自身が英語の習得に苦労した経験から滲み出たものだろう。(解説によるとシェークスピアとディケンズ、それに船員仲間との会話によって独習しただけであり、大作家となってからも講演会を開くことはなかったと言う。)

本作は1900年にイギリスで発表された。すでに110年の時間を経過しているものの、内容はまったく陳腐化していない。ジムが苦悩を抱えて行動する様は、マーロウが語るように、まさに「(ジムは)われわれの一人」であり、現代日本人にとっても共通のものといえるだろう。

LORD JIM
ロード・ジム
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ-03所収
著者:コンラッド、柴田元幸(訳)、河出書房新社・2011年3月発行
2011年4月14日読了