出版社の若旦那である新蔵が、恋仲となった奉公人の"お敏"の雲隠れについて、友人に一部始終を語って話す、隅田川に巣くう蟇蛙の妖力を題材にしたポーばりの奇譚だ。

大正11年頃の本所区(墨田区)両国を舞台に、一杯飲み屋をハシゴする大店の若旦那衆、妾と魔女の獲得をもくろむ株屋、着物姿の若い女性の描写が秀逸だ。疾走する市電と人力車、活動写真の広告、街燈などが大正の都市の雰囲気を良く表している。

概ね不吉な"不思議な話"の連続だが、ラストの"朝顔"だけは読む者に安心を得させる逸話だ。

「大凶結構。男が一度惚れたからにや、身を果たす位は朝飯前です。火難、剣難、水難があってこそ、惚れ栄えもあるとお思ひなさい」(p112)とは、新蔵が妖婆に向かって言い放つ言葉。うむ、男子の本懐ですな。

妖婆 芥川龍之介全集第五巻所収
著者:芥川龍之介、岩波書店・1996年3月発行
2011年8月14日読了