1930年に発売された改造社版を底本とした本書、戦後に発売された文庫版よりも著者の瑞々しく生々しい文章が味わえた(ような気がした。何せ初めて読むのだ)。

"格差"が社会問題となっているが、大正・昭和初期のそれは想像を絶する。
行商人の子に生まれ、幼い日は一家で木賃宿を転々とした林芙美子。小学校も途中で止め、モノ売りに専念。上京後は貧しさの中で職と男と住居を転々とする。まさに放浪の記録。
「腹がへっても、ひもじゆうないとかぶりを振つてゐる時ぢやないんだ、明日から、今から飢えて行く私達なのだ」(p44)

・小説家の邸宅に住み込みで子守。2週間で馘首され、わずか2円の給金に震える。(現在の1万円程度か。)
・セルロイド玩具工場。9時間から11時間の労働の毎日。日給60銭から75銭だから二畳間の下宿暮らし。布団を斜めに敷き、茶碗に飯と魚を盛るだけの夕食。生活苦がヒシヒシと伝わる。
・朝4時の新宿で酔客相手に給仕する。暴力事件や犯罪と隣り合わせの日常。チップが収入のすべてだ。
「いつたい革命とは、どこを吹いてゐる風なんだ……日本のインテリゲンチヤ、社会主義者は、お伽噺を空想してゐるのか!」(p53)

カフェ勤めは辛い。樺太は豊春の地下室で生まれ、カフェを転々とする肌の白いお計さん。大学生にチヤホヤされる19歳の処女、実は子持ちで亭主も病気持ちの秋ちゃん……。

貧しさの下には下がある。青島へ売られる15歳の少女、ボロ長屋に十家族も住む朝鮮人の子供は、筵の上で裸になって遊ぶ。稼ぎはすべて男に取られるインバイ女。
貧乏から逃れるために42歳のボウフラのような男に処女と自由を売った18歳の"時ちゃん"を思う。涙がむせるも金がない。駄菓子で空腹を満たすことは出来ない。白いご飯の舌触りを空想しつつ、押し入れの片隅に見つけた白菜の残りを食す。
「何もない。……涙がにじんで来る」(p229)

「テヘ! 一人の酔ひどれ女でござんす。」(p154)
苦しくなると、誇りと引き替えに女が売るモノはひとつだ。
「15銭で接吻しておくれよ!」
夜の新宿で自暴自棄になって叫ぶ芙美子の姿は痛々しい。

「やっぱり旅はいい。あの濁った都会の片隅でへこたれてゐるより、こんなにさっぱりした気持ちになって……」(p163)
東海道線と内海航路を幾度も行き来する描写が興味深い。
金が入ると飲んで遊ぶのはともかく、思いのままに旅立つ行動力は分かる気がする。

いつも一人ぼっちのくせに、他人の優しい言葉をほしがってゐる空想家(p204)、林芙美子の世界に俄然、興味が沸いた。

≪大人の本棚≫
林芙美子 放浪記
著者:林芙美子、森まゆみ(解説)、みすず書房・2004年1月発行
2011年10月22日読了