寺子屋から全国統一の学校へ。列強国の知識を国民に浸透させるべく、文明開化は教育現場の光景を一変させる。
教科書も変わる。幼い学徒の理解を助けるべく、木版技術の粋を凝らした図版が多用され、いま観ても素晴らしい出来だ。

・明治初頭より小学生にしつこく教えられたことの一つが、地球は丸いということだ。江戸期の須弥山の概念で育った祖父や親の世代は、パラダイムの急激な変化をどう受け止めただろうか。

・第4章、鉄道に関する逸話が興味深い。
明治5年の新橋~横浜間の鉄道開業に始まり、神戸~京都間、上野~青森間、新橋~神戸間、明治30年代には北九州にも鉄道が開通する。(熊本・八代、大分・宇佐まで。南九州は軌道敷設もまだだったらしい。)
明治中頃の教科書では、日本各地の鉄道旅行の様子が描写される。鉄道と汽船のネットワークが全国に拡がり、庶民でも名所旧跡を旅行することが可能となった喜びは、今日の世界航空旅行の楽しさに通じるものだと思う。

・ガス灯と電灯、特に後者は昭和4年(1929年)の時点で、不便な山間にも普及したとある。実際には石油ランプが頼りにされたのだろうが。

・前島密。明治初頭に内国郵便制度を実現した彼の先見の明と偉大さには感服させられる。貯金にいそしむ国民性を創り上げたのも、江戸期の飛脚便との業務連携を実現したのも彼の功績だ。
「利益を優先せず、全国同一料金で郵便を届ける」理念は偉大だ。残念なことに、どの組織も年月を経ると当初の理念が失われ、自己保存に意義を見いだす。この御時世に"ゆうちょ"や"年賀ハガキ"に執着する現在の姿には、前島密も失笑するに違いない。

・電信・電話技術も旺盛に移入された明治2年には電信が開始され、2年後には外国との直接交信も開始。エレキトルと言う"気の力"により音信を遠方に伝える仕掛け、と教育される。
明治23年に開通した電話の一般家庭への普及は昭和を待つことになるが、明治後期には公衆電話が設置される。当時の「自働電話」にまつわる逸話も面白い。

・農作物の収穫を終え、東京見物に出かける農民の一行(明治20年、p147)。蝙蝠傘を除き、江戸時代の人物と風景にみえるその図は、文明開化とはほど遠い。明治中期においても、東京都心部との隔たりの大きさがわかる。
文化風俗情報が瞬時に共有される現代社会とその基盤である技術発展は、地方にこそ恩恵があると思う。


「向学心と好奇心と想像力」のちからにより、明治期以前には想像もできなかった広い視野を得た小学生が大人になり、やがて明治後期、大正へと続く日本の力強い基盤を築き上げた(p196)。あらためて教育の大切さがわかるし、その意味でも、橋下氏(大阪新市長)には期待を寄せたい。

おもしろ図像で楽しむ近代日本の小学教科書
著者:樹下龍児、中央公論新社・2011年7月発行
2011年12月13日読了