「すべて人間には二度の誕生日がある。…元旦は…私どもすべての人類の誕生日なのだ」(p16「除夜」)

家庭の事情で大学進学をあきらめ、14歳から南海商会に、17歳から51歳まで東インド会社に事務系サラリーマンとして勤務したロンドンの読書家、Charles Lambの随筆集。
本書にはギリシア神話や古代ローマの逸話がわんさか登場する。これら西洋古典や近世英国文学に対する教養が欠如しているせいでサクサク読み進めることはできなかったが、古雅な文体を含め、実に味わい深い一冊だった。

著者は架空の人物、エリアに自己を投影する。

収録される16編どれも捨てがたいが、僕は「現代の女性尊重」を推したい。
ラムの生きた19世紀前半は、まだまだ男尊女卑の風潮の強い時代だから、レディ・ファーストと言っても上流社会、それも表面を繕うだけの話。賤業や過酷な単純労働が女性によって担われていること、さらに不幸にして結婚できなかった女性への蔑視をラムは強く非難する。そしてかつての勤務先、南海商会の上司であった人の女性全般に対する崇高な態度を彼は絶賛する。
その理由はひとえに彼の悲しい境遇にあり、同情を誘う。

ときおり狂気の発作を現出させる姉の行く末を気遣い、ラムは恋人と別れて独身を貫き、姉弟たった二人で老境を迎えることになる。その平凡な一日のお茶の時間を描いた「古陶器」は、冒頭のんびりした陶器趣味の披露から、貧しくとも幸せだった遠い記憶を姉が滔々と語る展開へと一変する。若さが貧しさを補って活気に満ちあふれていた美しい時代、戻ることのできない思い出を語り合う二人は、それでもなお幸せなのだと信じたい気持ちにさせられる。

≪大人の本棚≫
Essays of Elia
エリア随筆抄
著者:チャールズ・ラム、山内義雄(訳)、庄野潤三(解説)、みすず書房・2002年3月発行
2012年1月8日読了