ともに19世紀の発明品であるメディア産業とモード産業。その共通点は、常に新しく、すぐに消費され、忘れ去られるモノと情報であることだ。

本書は、ド・ロネー子爵の著した『Courrier de Paris パリ通信』を羅針盤に19世紀前半、七月王政期と第二帝政期のパリ住民の姿を追う。

・時の話題=トピックスを提供する広告入り商業新聞、ブルジョア階級の消費熱を煽るファッション、庶民に溜飲を飲ませる有名人の風刺画、等々。21世紀に生きる現代人にもおなじみの"快楽の装置"は、この時代に創造されたことがわかる。

・バルザック、デュマ、シューなど19世紀ロマン主義文学の成り立ちを、作家のインスピレーションによるものではなく、メディア=新聞の要求する条件によるものとしている。掲載新聞の売り上げ増大を図るため、「続きへの期待」を読者に抱かせることが必須であり、短い章中に活劇、ロマンスの要素が満載となる。また原稿料は行単位での支払いであるから、必然的に短いセリフが多用されることとなった。

・ジャーナリズム。その本質は、語るべき内容を持たず、語るという行為そのものによって存在する言説であると著者は説く。
「言うべき内容をもたない空虚な言説はまさにその空虚さによって無際限の力を持つ」(p76)
ネット空間に氾濫する"書き込み"が大きな影響力を持つ今日、言説とは何かが問われるな。

・鉄道とガス燈。この新テクノロジーがパリの姿を変えてゆく。夜、ライトアップされたdes Italiens デ・ジリアン通りを紳士淑女が最新モードのファッションで闊歩し、地方からの"おのぼりさん"も負けじと最新情報を血眼になって漁る。
ショーウィンドーにディスプレイされる商品は情報となり、新聞広告や壁面ポスターによって人の意識を占有する。
やがて出現するであろう百貨店と電灯の時代を予感させる。
「万博やデパートといった消費文化のスペクタクル空間が生成してゆく世紀末は、文学とインダストリーの公然たるコネクションが加速度的な展開をみせてゆく時代である」(p145)

・イギリスから流入したbluestocking 青鞜派による女性の権利の主張。だが、パリでは"エレガントでない"ため主導権を握ることはない、とド・ロネー子爵=女性であるジラルダン夫人は説く。
政治的主張は男性に任せ、パリジェンヌはあくまでも女性らしさを追求する。ここに、パリがパリたる所以があるように思えた。

メディア都市パリ
著者:山田登世子、青土社・1991年5月発行
2012年1月18日読了