パリ、ロンドン、ニューヨークの百貨店にまつわるエッセイ集。その創生期からベルエポックを経て、第二次世界大戦前までの時期が主な対象だ。
なるほど、百貨店の文化は女性の文化だ。

・電気照明、大量の板ガラスによるショーウィンドー、エレベータ、エスカレータ。ホテルやレストランとともに、百貨店は新しい時代の都市文化の訪れを告げるものとなった。ウィンドーショッピングも新しい光景だ。
・蒐集と分類。この近代科学の成立を背景に登場した百貨店は、新しい生活文化を提供した。単に商品を売るだけでなく、コンサート、カルチャースクールを主催する等、文化や教養も組織化したことに、従来の小売商店との大きな違いを見いだせる。

・Le Bon Marche ボン・マルシェ。1869年に登場したこのパリのgrando magasin グラン・マガザンが百貨店の始祖とされている。第二帝政期、小売りの規制が緩和されて流通革命が起こるとともに、オスマン男爵によるパリ大改造が大型店の登場を促した。周辺の小規模商店は飲み込まれ、大量の商品を安く販売するスタイルが加速する。
・皇帝ナポレオン三世と皇后ユージェニーがフランス商品の広告塔となり、特に1855年の万博では"芸術の都、パリ"を謳う。流行、特にファッションのそれはパリから発信されるようになる。

・エドワーディアン。1901年に始まるこの時代、喪服をまとったヴィクトリア女王の閉塞感から一気に解放されたロンドン市民は、新世紀の躍動を満喫するかのように浪費と快楽に向かう。Selfridges セルフリッジス、Harrods ハロッズ、Liberty リバティといった大百貨店に新興中流階級の女性が群がってはイケメン店員との会話を楽しみ、化粧品のポスターを眺め、陳列された下着を買い求める。友人と店内レストランのランチを食し、食後は階下アトリエの絵画展を鑑賞し、午後はカフェサロンでティーカップを手に主人たちの愚痴に花を咲かす。なんのことはない、現在のデパートの原型がベル・エポックに登場したわけだ。
面白いことに、ロンドンの男性は百貨店にまだ偏見を持ち、従来の小規模高級店に通い続けたそうな。良い意味で保守的か。

・20世紀初頭に女性運動が勢いを増し、その矛先は百貨店に向けられる。「女性らしいドレスや装飾品を販売している」とのムチャな理由で、1912年にロンドンのフェミニストたちが大百貨店のショーウィンドーを壊してまわる事件が発生したそうな。Liberty リバティも被害に遭ったのだが、対応が実に紳士的だ。(p62)

・日本趣味、中国趣味、アラビア趣味をロンドンに広めるとともに、アール・ヌーヴォースタイルを積極的に輸出した老舗が、いまもリージェント・ストリートに店を構えるLiberty リバティだ。王室の規制により、リージェント・ストリートに面する建物はニュー・クラシック=ルネッサンス様式の外観としたが、経営者はこれに反発し、隣接する建物は英国中世・チューダー様式の外観にしたという。(Libertyには2010年5月に足を運んだが、あまりピンとこなかったなぁ。)
こだわりを持つ経営者、上司に反抗して我流を通す販売員、全商品に関与するデザイナーなど、熱い人々の物語が本書の特色でもある。

・モードの先端はパリにあるとしても、20世紀初頭から大量消費社会を牽引したのはまぎれもなくアメリカだ。メイシーズ、ギンベルズ、ウールワース、アルトマンズ、等々。店舗と流通網の巨大さは英仏の百貨店を凌駕し、通信販売を大規模に取り入れる様もアメリカらしい。

・ベル・エポックの時代には服装が、特に女性のファッションがシンプルになり、腕や足首が露出し、素肌に直接触れるネックレス、ブレスレッドが登場する。かつてヴェールに覆っていた顔面を他人に見せるようになると、自宅外での化粧の必要性が発生し、化粧品を持ち歩くためのハンドバッグを女性は持ち歩くようになる。
女性の社会進出と百貨店の登場は、軌を一にしていたんだな。

ベル・エポックから1920年代ジャズ・エイジにかけて興隆し空前の賑わいをみせた百貨店。世界中の商品を集めて整理分類し、世界中に流通させ、一種の文化のネットワークを形成した。(p249)
現在、これと同様の役割を担っているのは、実はAmazonではないだろうか。ネットショッップ多しといえども、事実上ひとつの経営単位として書籍から電化製品、ファッションまで世界中の商品を扱っているのは驚異的だし、僕も何度か、その恩恵に浴している。
実に良い時代になったものだと思うが、さらにリアル・ショップのように、ファッション面でのアドバイザー的な機能が付加されれば言うことはないな。

百貨店の博物史
著者:海野弘、アーツアンドクラフツ・2003年6月発行
2012年1月22日読了