本書は電信を取り上げたものである。エピローグに「世界が革命的に小さくなった驚くべき時代の嚆矢は、…19世紀の世代なのだ。ヴィクトリア朝の人がタイムトラベルをして20世紀の末にやってきたとすると、明らかにインターネットには感動しないだろう」と著者が述べるように、われわれの日常生活に変革をもたらした電気通信網は1830年代に整備されはじめ、telegraph テレグラフが社会に与えた影響は、こんにちのインターネットを凌駕するものであったことが、面白エピソードを交えて明快に語られる。

何事もそうだが、最初にコトを成し遂げた人物の努力と執念は想像を絶する。世界初の光学式テレグラフを発明・実用化したシャップ、1850年頃爆発的に普及した電気式テレグラフ=電信をこの世に生み出した英国人クックと米国人モールスこそ、エジソンやベルに劣らず賞賛されるべきだろう。

海底横断ケーブルは世界中=欧州と北米、インド、アフリカ、中国、そして日本を電信網に接続し、時間と空間の概念を一変させた。グローバリズムの意識が生まれ、平和への期待が高まる一方で、政治的・軍事的利用価値を為政者に知らしめた。イタリア統一戦争、クリミア戦争において実証された電信技術の重要性は、スーダンで英仏の対立を招いた1898年のファショダ事件で決定的となる。英国の電気情報通信技術の優位性が、アフリカ大陸における大英帝国の勝利をもたらしたと言える。(p163)

APやロイター等の通信社が創業された背景も興味深い。

それにしても、ネット詐欺、ネット恋愛、オンライン会議、セキュリティホール、ネットワーク負荷による通信障害など、2012年でもホットなテーマが、実は19世紀の欧米でもホットな話題だったとは知らなかった。
"電信結婚"が1848年に米国で行われていたのも驚きだ。

米国では馬で10日間もかかった遠距離通信が、1861年の大陸横断電信網の構築によって一瞬にして可能となり、従来の"通信運搬業者"は廃業に追い込まれた。デジカメがコダック社を倒産に追いやったのは、つい最近のことだ。

従来の技術に固辞する者は、新しい技術に乗り遅れる。世界に先駆けて光学式テレグラフによる通信システムを実現したフランスは、電気式テレグラフ網の構築では、イギリス、アメリカ、プロシアに大きく遅れる。独自のブラウン管、"トリニトロン"方式にこだわり、薄型TV競争に後れを取った某日本メーカの姿を想起させるな。

電信はいくつもの派生技術を生み出したが、インターネットがその中で一番の共通点を持つことを理解した。
面白かったぞ。

The Victorian Internet: The Remarkable Story of the Telegraph and the Nineteenth Century's On-line Pioneers
ヴィクトリア朝時代のインターネット
著者:トム・スタンデージ、服部桂(訳)、NTT出版・2011年12月発行
2012年1月29日読了