明治5年に銀座を焼き尽くした大火は、西洋人呼ぶところのエド・ホテル、すなわち、日本初の西洋式高級ホテルである東京築地ホテルをも灰燼に帰した。だが、数多の焼死体の中に発見された一人のイギリス人の腹部には刀傷が確認され、焼け出された別のイギリス人の証言により、"鎧兜で武装し、太刀を身構えた日本人の侍"の存在が浮かび上がる。"異人さん"専用ホテルにSAMURAIが姿を隠して侵入できたのはなぜか。あるいは、西洋文明の尺度で図ることのできない、東洋の神秘なのか。
インド大反乱、アヘン戦争、アロー号事件など、近代アジアと大英帝国の修羅場をくぐり抜けてきたイギリス人写真家、ベアトは、現場で遭遇した新政府の警視に極秘捜査の取引を持ちかけられる……。

江戸川乱歩賞作家の最新ミステリーを一気読みだ。
アメリカ人、イギリス人、ドイツ人がわがもの顔で闊歩し、清国人が地を這うように苦役に従事する横浜外国人居留地と、数年前まで徳川幕府の本拠地であり、いまや新政権が近代化に邁進する東京で垣間見られる活気と沈鬱。それは、新時代の日本の姿の縮図でもあるが、その下層にみて取れる薩摩・長州勢力と佐賀勢力によるせめぎ合いが、ひとつの姉弟を悲劇に巻き込むことになる。

家禄を失った旗本御家人の悲惨な行く末は、プライドを失わずに生きることの難しさを余すことなく顕現する。それでも"誰の力も借りずに、一人で歩んでゆく"であろう東次郎の人生に、希望の灯ることを望みたい。

築地ファントムホテル
著者:翔田寛、講談社・2012年2月発行
2012年3月31日読了