南アジア地域では多様な社会風俗、文化、宗教が存在するが、ムガール帝国時代、英国統治時代を含めて政治、経済、社会、文化等あらゆる面でイスラームの与えた影響は大きく、タージ・マハルなど主要観光資源にもその面影が見て取れる。

本書は、中東に起源を持ちながら、土着文化=ヒンドゥーと混淆し、独自の歴史的、社会的要素を内包するに至った南アジア・イスラームについて解説する。

・南アジアに住むムスリムは実に4億人を数え、その影響力にもかかわらず、彼らは二つの意味で少数派となることを強いられてきた。イスラーム世界では非アラブ圏であるがゆえに周縁的存在となり、世界最大人口を擁する民主国家インドでは、9億人を超えるヒンドゥーに比して少数派の地位に置かれる。

・イスラームにおける神の存在に関し、唯一の存在でありながら全てのものの内部に存在する"存在一元論"と、太陽のようにすべてを照らす至高の存在であるとする"目撃一性論"とがあるのか。なるほど。

・イギリス東インド会社の影響は、今日まで影を落としている。ヨーロッパ的近代化とイスラームの伝統との間に揺れながら、ムジャーヒディーン運動、ワッハーブ運動、アリーガル運動などが展開される。南アジア人としての自覚とイスラームとしての意識は葛藤を続け、その間隙にイギリスは狡猾に介入し、これがムスリムとヒンドゥーの分裂を招く遠因となる。

・ヒラーファト運動に関して興味深い記述がある(p59)。同運動はムスリムとヒンドゥーの協調による反英運動として歴史的意義を持つが、イスラーム史では、ヨーロッパ植民地主義政策への反発が汎イスラーム主義の流れを生んだことになるという。西欧諸国とイスラーム主義諸国との軋轢の根は深いな。

・2007年にラワルピンディーで選挙運動中に暗殺された元首相Benazir Bhutto ベーナズィール・ブットー女史のために、すでに霊廟が建立され、聖人と同様の扱いを受けているとは知らなかった。

・タリバンなど武装組織の内部における穏健派と強硬派の軋轢がアフガニスタン、パキスタン、インドの不安定化を生む。過去のバーミアン遺跡の大仏破壊、赤いモスク事件、ムンバイテロ、等々。
2012年4月に発生した在カブール各国大使館襲撃事件も、アメリカとの和平を模索する穏健派を強硬派が牽制したこととなり、この流れに連なるものだろうか。

・政治・経済利権と結びついた結果としてムスリムとヒンドゥー間の宗教対立が生じたのであるが、一方で日常においては、宗教、宗派を問わない混じり合った文化が見られるとされる(p111)。
キリスト教世界が宗教改革を経て現在に至るように、伝統的イスラームも現代的解釈と他宗教・文化との混淆により、長期的には変わりゆくに違いない。

アフガニスタン情勢が新局面を迎えつつある現在、タリバン他の残存武装勢力の拠点とされ、米国との紐帯が弛緩しつつあるパキスタンに、次の焦点が移りつつあるように思う。
Kashmir カシミール問題も、再びクローズアップされようとしている。
近年とみに存在を増しつつあるインドと1947年の分離・建国時から対立を続け、複雑な部族地域と強力な軍部の存在に常に左右され、南アジアの"不安定化"に寄与してきたパキスタン・イスラーム共和国に、さらなる関心を持ちたいと思う。

イスラームを知る8
4億の少数派 南アジアのイスラーム
著者:山根聡、山川出版社・2011年7月発行
2012年4月19日読了