ソ連軍を追い出した後、軍閥間の内戦に明け暮れたアフガニスタン。国際社会の無関心さに加え、暴行と略奪行為に手を染める民兵に絶望感を抱いていた市民は、颯爽と登場したタリバンに喝采を送った。1990年代なかばのことだ。

本書は、2001年9月11日の同時多発テロの半年前にタリバンの手によって実行された"バーミアン大仏遺跡の爆破"を題材に、期待に満ちたタリバンの登場と、彼らがビンラディンとアルカイダに乗っ取られてゆく様相を明らかにする。

・タリバンの指導者オマル師が、当初の現実的で国際交渉のできる人物から、"イスラムの来世"を基準に一国の政策を進めるまで変貌する様子が興味深い。権力を手中にした者が"腐る"というよりは、教養無き者が組織の最高指導者に就くことの悲劇の一例といえよう。

・タリバンの"開明派"が次第に中枢から遠ざけられ、イスラム原理主義者の中の"強硬派"が権力を掌握するが、次第に政治・軍事・文化のあらゆる面でアルカイダが支配を強めてゆく。最終的にはオマル師でさえ、なかば拘束されるまでに至る。

・卓越した日本人の活躍する様子が記されるが、あくまでも国連職員としての立場としてである。日本政府の影響力は、この時点では残念ながら、ない。

・中東諸国の名だたるイスラーム指導者たちがアフガニスタンに足を運び、最後の説得を行う中で、タリバンは民主主義を明確に否定する(p275)。国王、首長といった君主とその一族が権力を独占する中東諸国の彼らは「イスラムと民主主義の共存」について沈黙せざるをえなかったわけだが、2011年に民主化要求ドミノ倒しの局面を迎えたことは大いなる皮肉であり、民主主義が現時点で最高の政治形態であることを示すのだろう。

・大仏破壊は、先人の築き上げた貴重な人類遺産を永遠に葬り去った罪深い行為と言える。それを上回る中国共産党による愚行、すなわち文化大革命も、いずれ歴史の審判に委ねられるのだろうが、さて、いつになることやら。

国際社会と相容れることのない"原理主義者"(ムスリム過激派、極右キリスト教徒、中国共産党)といかに向き合うべきか、その示唆に富む一冊だと思う。

大仏破壊 バーミヤン遺跡はなぜ破壊されたのか
著者:高木徹、文藝春秋・2004年12月発行
2012年4月28日読了