かつて漠然と考えられていた「平凡な幸せ」を享受することが、いかに難しくなったか。
人が生きる意味はどこにあるのか。
著者は、近代初期に悩み考え抜いた四人の先駆者を例に、彼らが真摯に人生に向き合った葛藤と、そこで得たある種の悟り=生き方の決意を論じつつ、いま、2012年の現実世界で幸福を考えることについての指針を示してくれる。

・わたしの個人主義=自意識に悩み、その意味を作品で追求し続けた夏目漱石。近代合理主義と宗教の関係を探り、また、経済と愛の不可分性を説いたマックス・ウェーバー。世界と個人の断絶感に起因する精神不安と宗教的経験の意味を探究したウィリアム・ジェイムズ。V・E・フランクル。著者は、彼らの精神の臨死体験(修善寺、家族崩壊とうつ病、強制収容所)に共通項を捉え、それを突き抜けて見いだした人生の新しい価値、すなわち「二度生まれ」を考察し、3.11を経験した現代日本人こそ、かれらの言葉に耳を傾けるべきと説く。

・「個人志向型でありながら、実はきわめて他人志向」にある直接アクセス型社会の構成員(p89)と、公共空間の歪み(p90)。その先に見えるのは「匿名の不特定多数の個人意志」、その実、民主的な代表制に代わる市場、あるいは特定の強力なベクトルを持つ団体の意思が支配するポピュリズム政治。デモクラシーの危機。この柔らかい全体主義を「何となくそれを受け入れ、鈍った感覚のまま、何事もなかったかのようにすごそうとする」市民感覚に、著者は警戒感を込める。なるほど「悩みは深い」な。(p94)

・数年前、"オンリーワン"や"自分探し"といった胡散臭い言葉が流行ったが、著者は1900年の"ホンモノ探し"を漱石とモネの作品群、ジェイムズによるアメリカのスピリチュアル・ブーム批判などを紹介し、その系譜に位置する悪徳商法まがいのブームの危険性を説く。その上で、自我を追求し尽くした漱石の言葉から、自我の忘却こそ処方箋であることを説く。
「もし、ホンモノの自分というものに本当にこだわるならば、むしろそれを忘れたほうがいいのかもしれません」(p115)」

・"科学への信頼が失われた"ことが随所に示されるが、これが唯一の不満だ。"科学技術の未成熟"と"政治・行政の失策"は別問題と考えたい。

一回性かつ唯一性の人生。それは責任を持って決断すること。個人の態度、そして尊厳。
「よい未来を求めていくというよりも、よい過去を積み重ねていく気持ちで生きていくこと」(p213)
新生の力。
これから生きていく上で、著者のエールを胸に深く刻みたい。

続・悩む力
著者:姜尚中、集英社・2012年6月発行
2012年6月27日読了