ディケンズの人間洞察の深さに感嘆するとともに、人生の要所に生起する試練へいかに対峙するかの強い示唆を受けた。軽く読み流すつもりだったのだが、味わい深い一冊となった。

「グロッグツヴィッヒの男爵」The Baron of Grogzwig(1839年)
ドイツのグロッグツヴィッヒのフォン・コエルトヴェトウト男爵の物語。この古城に住む中年男、文字通りの独身貴族でいる間は良かったのだが、ある貴族令嬢との結婚を果たしたことが彼の人生を変えてしまう。
基本的にコメディなのだが、実は、現代日本人男性のひとりとして笑えない逸話に充ち満ちていることに気付く。
たとえ似たり寄ったりの原因でふさぎ込んで憂鬱になったって……と語られるラストには勇気づけられた。
物事の二面性に気付くことができれば、まだまだ幸せを謳歌できる。ん、人生賛歌の良作だと思う。

「追い詰められて」Hunted Down(1859年)
本書収録の他編と異なり、正義漢が真っ当な働きを示す好作品。
古今東西、不正直な人間の冷酷平静なありようはかわらないが、生涯をかけての復讐に追い込まれる悪党の命は、やはり冷酷に終わるべきことを示してくれる。

保険金詐欺を扱ったミステリーが19世紀中葉に発表されていたとは驚きだ。
もし、世に知られた長編でなく、本作をシリーズ化させていたなら、ディケンズはミステリーの始祖と崇められていたのではないだろうか。

「ジョージ・シルヴァーマンの釈明」George Silverman's Explanation(1868年)
ディケンズ56歳の熟練した筆による作品。
人の世に対し斜に構える人生の難しさを示す。
不幸な生い立ちを経て極端な宗派財団に属する孤児施設に拾われた主人公。それでもケンブリッジ大学を卒業し、とある従男爵婦人のツテにより、晴れて英国教会の牧師となる。
目前に開けた幸運に一瞬の夢を見つつ、そのチャンスを退ける主人公。視野狭窄といえばそれまでだが、自己満足のための行為が、やがて不幸な後半生を彼自身におびき寄せることになろうとは。
誰もが冒しうる"偽善的好意"のもたらす恐ろしさを思い出させてくれた。

ディケンズ短編集
著者:Charles Dickens、小池滋(訳)、石塚裕子(訳)、岩波書店・1986年4月発行
2012年7月24日読了