著者が演出・作詞家として名を成し、小説家デビューした30歳前後の時期に、約7年間を過ごした逗子なぎさホテルでの日々を綴ったエッセイ集。
金のない若者を受け入れてくれた元外洋航路船乗りのホテル支配人、その人生が戦争に左右された、多くが老人である従業員、隣家の元GHQ将校を待ち続ける老齢の女性、鎌倉の鮨店、故郷・山口の海、父親との確執。
「あの日、海底から浮上してきた弟を抱いたときの感触」(p158)と蘇生を医師に懇願する母の姿には強い印象を受けた。
M子さん(夏目雅子さん)との交際と結婚、発病と死別にも触れられている。

随所に、小説家としてのポリシー、あるいは文章に対する心構えといったことが垣間見えた。
種々のイズムや文学論に本質はない。感覚、感性でもなく「日々文章を書き続ける行為の中でしか、問を解く扉の周辺に近づけない」(p173)
つまりは"手"の仕事、地道な反復の成しうることの崇高さを示唆していると理解した。共感を抱きつつ、最終ページは冬の逗子浜の写真を眺めて、ページを閉じた。

なぎさホテル
著者:伊集院静、小学館・2011年7月発行
2012年9月1日読了