森鴎外と並び、近代日本を代表する知の巨人、夏目漱石。その生涯と作品に含蓄された膨大な知見は、没後96年を経てもなお尽きることのない研究の宝庫だ。
著者は述べる。漱石は、彼の時代の地球社会で最も傑出した知識人、文章芸術家であったと。
「和漢洋の三世界の文化に通じ、自在に文章を揮えるような人は、二十世紀の初頭には西洋にも中国にもアフリカにもアメリカにもいなかった」(p484)

本書は、過去に発表された論文の再録版ではあるが、絶版となって四半世紀ぶりに披露された『漱石の師マードック先生』や昨今の実情に合わせて書き換えられた文章(後発国民の夜郎自大)も収録される。
著者二冊目の大部の漱石論として、その深い知識と広い視野から展開される文章を満喫することができた。

Ⅰ章『漱石と外国人』
ケーベル、ハーン、魯迅、クレイグ、ジョン・H・ディクソン、セルゲイ・エリセーエフと漱石の関わりが展開される。やはり『漱石の師マードック先生』が圧巻だ。
漱石や鴎外の見た西洋諸国と後発である自国の問題が、現在のいわゆる途上国からの留学生にとって「実に今日的課題であることか」(p183)との見解が印象に残った。

Ⅱ章『東西の詩の世界』
比較文学研究として『文鳥』とラフカディオ・ハーンの『草ひばり』が取り上げられる。丁寧に作品のテクストを読みあげ、共通点と異質点を意識して鑑賞すると、孤独と寂寞を生き物に託すとともに、芸術家としての死生観=命尽きる日まで仕事を成そうとする作家の覚悟が確認される。

「文明圏を異にする複数の言葉を学び、三点測量をすれば、比較文化史的な展望は自ずと開ける」(p3)

漱石とは関係ないが、あとがきの「人はどんどん死んでいく。そんなつまらぬ本を読んでどうする」(p486)との言葉が体内に響いた。そうだ、時間と力には限りがある。「良書を読むための条件は、悪書を読まぬこと」(ショーペンハウアー)だな。
厳選しての読書こそ命。
よし。数年前に神戸・三宮の後藤書店で\2,000円で手に入れた『夏目漱石-非西洋の苦闘』を読んでみよう。

内と外からの夏目漱石
著者:平川祐弘、河出書房新社・2012年7月発行
2012年10月1日読了