太平洋戦争前夜の東京、横浜、ロンドン、上海を舞台に、お国のために、と勇ましく、架空の共同体にすがりつく男たちを嗤う、無慈悲かつ冷徹な男たちの暗躍が五つの短編に濃縮されて描かれる。
結城中佐の設立したD機関に集められ、才能を徹底的に鍛えぬき、五感と頭脳を駆使した"ゲーム"に興じる異能の個人たち。いや、登場人物の言葉を借りると「十二人の化け物たち」(p19)の信じられない能力の凄まじさよ。
ライトノベルに登場する超能力者などいない。作品に通底するリアルに引き込まれる。

・表題作『ジョーカー・ゲーム』は見事。読み進むうち、いつしか"憲兵たち"に圧倒される佐久間中尉の心境に同化され、超越した組織の存在と本シリーズの骨太さが伝わってくる。

・『ダブル・クロス XX』は時代感たっぷり。そして「とらわれること」の意味を理解した飛先少尉の運命は悲痛だ。否、これも潔さか。

・『魔都』では無秩序かつ猥雑な上海の裏通りの描写に引き込まれた。そして1930年代の欧米列強、特にイギリスの恐ろしさが伝わる。

・『ゴースト 幽霊』も良い。「状況的にはクロ。心証的にはシロ」の疑惑の結末は、苛烈な階級社会を駆け上がった英国総領事グラハム氏の新たな野心を燃えたぎらせる。彼を待ち受けるであろう見えざる陥穽が、なるほど、現実社会でみられる政治家やキャリア官僚の不可解な行動を説明してくれる。

1930年代から帝国瓦解に至る数年間、この面白い時代を舞台とする本シリーズは第三作まで発売されている。長期シリーズにするなら、今後も練りに練った作品を提供されることを願う。

ジョーカー・ゲーム
著者:柳広司、角川書店・2008年8月発行
2013年1月27日読了