19世紀後半から20世紀初頭にかけての日本において、ヨーロッパ文明の流入と文化の凄まじい変貌の中、ナショナリズムの感情の果たした役割を探る。
キップリングの日本訪問記、漱石の同時代の論述が題材とされる。また、アジア人初のノーベル文学賞授与者であり、インドの詩聖と讃えられた1916年のタゴール来日時の熱狂を捉え、先入観を排し、テキストとして文学作品を評することも論ぜられる。

・イギリス人初のノーベル文学賞受賞者、キップリング。明治日本の著名な英文学者・最高峰の文豪として外から日本を見た漱石。第二次ボーア戦争と日露戦争。二つの島国の分水嶺となった事変に際しての二人の詩が比較され、支配者たる白人の立場、先進国へのキャッチアップに必死な途上国の姿が浮き彫りになる。どちらも自国中心のナショナリズム的感情が強調されているのは興味深い。

・黒田清輝の「裸体婦人像」が引き起こした論争が取り上げられる。西欧的価値観と伝統的な日本的感受性の対立を浮き彫りにした事件は、遠くロンドンの漱石の耳にも届くこととなる。道徳上の価値と芸術上の価値の対立をいかに克服するのか。近代文明に共通するこの問題は、現在も問われ続けるテーマではあるな。

・帝国主義者と批判されるキップリングだが、当時の言いようでは好意的な面が内包されていた。ノーベル文学賞受賞理由の一つに「世界にまたがる帝国の市民としての姿」とあるように「視野の広さを指す言葉であった」(p40)ことに注目したい。
彼の抱いた、国境に阻まれることなく、理想としての大英帝国の姿をあまねく地表に伝播したいとの思い(p24)。これは、ウェストファリア条約以来の内政不干渉の原則に取って代わりつつある、人道的介入を是とする理論と行動の萌芽と見て取れないだろうか。

"英国の自由"を人類に普遍の価値であるとしたキップリングの思想は、インド人には許容できないものだったことは容易に理解できるし、タゴールの発言にも現れている。だがそれは、アジア・アフリカ諸国の独立・民主化を超えて、"アラブの春"にまで及ぶ民主主義の理念に受け継がれてきたものではないだろうか。ナショナリズムの創造的側面を深化させる方策の地道な探究が望まれる。

比較文化叢書6
ナショナリズムの明暗 漱石・キプリング・タゴール
著者:大澤吉博、東京大学出版会・1982年10月発行
2013年1月20日読了