タゴールがインド人のナショナリズムを鼓舞し、ガンディーが反イギリス運動を展開した1930年代のカルカッタ(コルコタ)を舞台に、作者自身を活写した白人青年と17歳の上流ベンガル人の令嬢、マイトレイの悲劇が語られる。

25歳のヨーロッパン人技術者、アランは、仕事の成り行きから、上司であり尊敬するベンガル人紳士の自宅に住まうことになる。それまで足を踏み入れなかった「くろ」たちの生活と家族の暖かさ。既知の世界を超えた異文化への驚きと憧れは、その象徴としてのベンガル娘、マイトレイへの愛へ形を変える。アランとキリスト教からヒンドゥー教への改宗も視野に幸せな結合を夢みるが、文化の絶壁は決して彼を許容することはない。

幸福の予感からの急転。マイトレイの父親から追放を告げられる場面は圧巻だ。
「たったひとり墓地で目覚めたような、全面崩壊の感覚」(p156)

絶対的なバラモン・カーストの掟。娘を殴る父親、怜悧な態度で娘の顔面に鞭を振るう母親。文明国の理解を超越した世界から追放されるアラン。
「私はひとりだ、ひとり、これが苦痛だ、この現在」(p166)

伝統的なインド社会に持ち込まれた白人の異文化は、それ自体が不幸を招くのだ。
以前の白人社会へも戻れず、ヒマラヤ山中に孤独の安逸を見いだすアラン。ふと、闖入した女性旅行者との邂逅が、彼を濁世へと連れ戻す。
アランの愛を信じるマイトレイの、その純粋すぎた行動は、インド社会で決して受け入れられないものだった。
「むしろ死ぬ方がましだったでしょう」(p201)

「未来は決して見抜くことができず、日々の出来事以外には何一つ決して予見することはできない」(p148)
わずかな期間に急転したアランの人生は、そのまま現代を生きるわれわれ自身の運命となりうる。せめて後悔少なき人生としたいものだ。

MAITREYI
マイトレイ
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅱ-03所収
著者:Mircea ELIADE、住谷春也(訳)、河出書房新社・2009年5月発行
2013年2月11日読了