『インドへの道』『ハワーズ・エンド』等の長編作品に通底する著者の信条ならぬ信条、すなわち"多様性を許容する民主主義の普遍性"を軸に、無名性と個性、女性の権利、野蛮な振る舞いをしながら理性を唱える時代における感覚の重要性などが、一級のユーモアを交えて縦横に綴られる。
もっともらしい"日本主義ムード"が昂揚し、周辺諸国との軋轢が拡がるいま、ぜひ手にしたい一冊だ。

■『老年について』
8頁弱のタイトルエッセイ。人生の最高の幸せ、人類の真に重要な歴史とは何か。その"何か"に該当しないことを知り、一抹の寂しさを感じた。

■『私の信条』
有名な「私は絶対的信条を信じない」からはじまる。フォースターの非理想主義的現実主義者としての側面が垣間見られる、本書の中核を成す作品。
発表された年代(1938年)も考慮しても、その主張は2013年の日本でも通用する。普遍性の高い文章はいつまでも語り継がれることの証左だろう。
"民主主義のささやかな美点"は多様性と批判の許容にある。特に後者に関し著者は「批判とお喋りの場であり、そのお喋りが広く伝えられる以上、私は議会を評価する」と記す。
さしずめ2013年の日本ならネット空間での発言が対象とされるだろう。特に"自由"と"匿名性"に関しては議論し続けなければならない。無責任かつ有害な(誰が決める?)内容は受容しがたいが、過度の規制は時代錯誤でもある。国会ですんなり導入が決められた国民総番号制は、この観点で捉えるべきでないのだろうか。

力は究極の現実で、それはたしかに存在する。目を逸らしてはいけないし、迎合する必要もない。むしろ力への衝動を押さえ込み、創造的に活動することこそ重要で、フォースターはそれを文明と呼ぶ。
自衛隊の活動枠を撤廃しようとする勇ましい動きが顕著だが、無制限な力は自身を破壊することを思い出す必要があるな。

■『イギリスにおける自由』
1935年。近隣を席巻したファシズムを見回しながら、それでも、フォースターが"より脅威"を感じていたこと。それが持久的なファシズム、すなわち合法的な仮面をかぶった専制政治の精神だ。これを深化させぬよう重要なのが、普段は非難対象とされる政治あるいは正義の「形式」、イギリス的な本質的自由を大事にする「建前」であると説く。この観点で見れば、ヒト余り参議院も必要に見えてくる。

フォースターは1930年代イギリス文壇に衝撃を与えた不忠誠扇動取締法を例に挙げ、心理的な検閲により、本質的な自由が打撃を受ける様を強く批判する。
日本では、司法の手を経ずに対象者を隔離・監視・軟禁させられる「検疫法」がこの類かもしれない。戦前ではない。2013年に成立した法律だ。ほとんど問題にされなかったが、今後も注視する必要があるな。

■『イギリス国民性覚え書き』
危機管理に際してのイギリス人、イギリス系アメリカ人、オーストラリア人の優越性の事由を理解させられたように思う。

「自由と多様性と寛容と同情に信を置く人間は、全体主義国家の空気を吸ってはいられない」(p50『ヴォルテールとフリードリッヒ大王』)
これからの時代、ますます効率と冷徹さを求められるのだろうが、人間性を喚起する力、勇気と感受性を失わないようにしたいと鼓舞された。

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≪大人の本棚≫
DE SENECTUTE and THE PRINCE'S TALE
フォースター 老年について
著者:Edward Morgan Forster、小野寺健(編)、みすず書房・2002年4月発行
2013年5月24日読了