2008年11月に発生したムンバイ・テロ。単なる"インドで起きたテロ"ではなく、これから頻発するであろう"都市型無差別自爆テロ"のひな形であることが特筆される。
本書はアルカイダ勢力の縮小後、急速に勃興したLeT、ラシュカレ・トイバの脅威とその活動の肥大化を、ムンバイテロの推移と顛末を交えながら解説する。

衝撃的だったのは、無学で村からはじき出された若者が、金ほしさに軽い気持ちで組織に参加し、洗脳され、指導者に言われるままにテロの実行犯となったことだ。
たかだか十数万円で実の親に売られた青年もいる。
本書92頁から100頁にかけての証言は圧巻だ。

「可能な限りの大勢を巻き添えにして殉教する」フェダイーン攻撃の恐怖。
単なる自爆攻撃ではない。
運悪く巻き添えにされた大勢の人質が虐殺される様には背筋が寒くなる。

テロの温床は拡がっている。
自分への絶望、目標のない空虚な毎日、持てる者への怨嗟。これらが有機的結合すると、暴発するのはたやすいだろう。
日本を含む先進国であっても、コンビニ前でたむろする集団、見るからにドロップアウトしたような10代後半のエネルギッシュな男女が、扇動されてテロ要員に昇華することはないとは言えまい。問題の根は深い。

ここで疑問が湧く。カシミールの惨劇はなぜ報道されないのか。
1990年にジャム・カシミール州で施行された軍事特別法のことが述べられる(p189)。
何が"特別"なのか。カシミール州に駐留する軍・警察軍に"法的手続きの不要な"捜査・逮捕権に加え、殺害行為すら認めているという。これが世界最大の民主主義国家、インドで行われているというのか。
当然ながらインド国内のジャーナリストも"特別"法の対象であり、"事実"の報道は抑制的なものになる。
人権は無い。
カシミールに暮らす一般市民に、人権は、無い。
外国人ジャーナリストが事実を白日の下に晒すこと、その意義は確かだ。

著者はニューズウィーク日本版の記者であり、同誌上で南アジア関連の署名入りニュース記事をたびたび拝読する。本書の充実した内容には満足だし、次回作も楽しみとしたい。


2013年5月に行われた下院総選挙の結果、パキスタン人民党(PPP)はザルダリ大統領のキャラクターもあって敗北し、ナワズ・シャリフ元首相の率いるパキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派(PML-N)が政権を担うこととなった。
選挙による文民政権から文民政権への交代。これは1947年のパキスタン建国後初のことであり、選挙妨害を試みたテロ組織に対しても国民は絶縁状を突きつけたともいえる。
イスラームを国是とする国に民主主義をどう根付かせるのか、あるいはどう"カスタマイズ"するのか。"外部の目"で注視し続けることが重要だ。

モンスター 暗躍する次のアルカイダ
著者:山田敏弘、中央公論新社・2012年3月発行
2013年4月16日読了