もしも一国の君主が読書に熱中したとしたら?

エリザベス2世女王が偶然にも移動図書館に遭遇し、読書の喜びを発見する。周囲の不興を買いながらも書物の世界を探究するうち、より本質的な人間性を開花させ、書くことの意味を発見し、やがて"ある決断"を下すまでの物語。

女王80歳を祝うお茶会のシーンが秀逸だ。ラストの"女王の決断"には、一堂に会した枢密院顧問官や閣僚のみならず、読者としての僕も衝撃を与えられた。

個人的には女王の個人秘書、ケヴィン氏に男として同情せざるをえない。おそらく真面目一本エリートコースを驀進してきた彼は、ニュージーランド出身を負い目に感じつつ、若い改革者としての期待を背負い"コモンウェルス"の中枢に辿り着いた。最良の選択は何かを追求し、王宮のしきたりに飲み込まれまいと抗う自意識。一方で英連邦の統治を象徴する組織のメンバーたる昂揚心が意識の水面下で働き、きっと毎夜のように葛藤していたに違いない。
ノーマンを大学へ追いやる件などは、"女王への思い遣り"が不器用ながらも現れているのではなかったか。ラスト近くに事実が発覚し、情け容赦なく断頭台に送られる(といっても現代の馘首だが)。滅私奉公の末路は哀れを誘うな。

哀愁を秘めながらも、ところどころに散りばめられたユーモアが英国文学の知性を引き立てる。
その上で「読むことと書くことの本質を深く鋭く考察しているところに読みごたえがある」(p165)とは、訳者の記す通りだ。
ひとり思索にふけり、内面を高めてゆく。人生の時間の貴重な価値がそこにある。

THE UNCOMMON READER
やんごとなき読者
著者:Alan Bennett、市川恵里(訳)、白水社・2009年3月発行
2013年8月14日読了