2014年7月21日(月)午後のパリ

■左岸を歩け歩け

ポン・ヌフを経てカルティエ・ラタンへ向かう。

Dscn1395

Dscn1385

オデオン座

Dscn1389


リュクサンブール公園

Dscn1392

パンテオン 圧倒的な存在感

Dscn1393

Dscn1402


ムフタール通りへ。一度訪れてみたかった「パリ最古の通り」だ。

Dscn1405_2

2012年6月に大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室で鑑賞した荻須高徳『Rue Mouffetard ムフタール街』(1932年)のイメージとも重なりあって良い感じだが、観光客目当ての飲食店が多いな。

ムフタール街を抜けてモンジュ通りを歩く。

しばらくして、リュテス闘技場なる公園にたどり着いた。中は円形の球技場のようだ。
少年サッカーに負けじと、老人たちが鉄球を投げてぶつけ合う競技に沸いていた。訊くと「ペルン」と言うのだそう。硬球大の球を持ってみたがズシリと重い。パリの老人、侮りがたし。

Dscn1414

Dscn1412_2


リュテス闘技場近くのメトロの入口。気に入った。

Dscn1411_2

北上し、1165年に創立されたパリ最古のサン・ジュリアン・ル・ポーブル教会に到着。外観のみ参拝。ノートルダム大聖堂は目と鼻の先。5月に入場したので今回は素通り。ものすごい人だかりを掻き分け、大通りと川を超え、右岸へ渡る。

Dscn1416_2

Dscn1417

Dscn1418


ホテルで小休止。18時40分。
モンジュ通りは品が良くなさそう。ムフタール通りもいまいち好きになれなかった。


■モンマルトル逍遥
ここを散策するには時間切れ。次回はじっくりと廻ることにしよう。

Dscn1424

Dscn1429

Dscn1446

Dscn1447


■サクレ・クール寺院
観光客で溢れているな。確かに眺めは良い。でもそれだけのような気がした。失礼。

Dscn1432_2

Dscn1440

Dscn1443

Dscn1437

■シャ・ノワールの足跡を巡る
世紀末のわずか十数年間、モンマルトル文化の揺籃の地となったキャバレー、LE CHAT NOIR(黒猫:有名なポスター画)の2か所の跡地を訪ねた。これは展覧会「陶酔のパリ・モンマントル 1880-1910 『シャ・ノワールをめぐるキャバレー文化と芸術家たち」を2011年4月に鑑賞して以来思っていたことだ。
新進芸術家と商業主義の融合が一大文化を生み出す有様はさぞ、壮大かつ刺激的なものだったに違いない。

それも昔の話か。
「シャ・ノワール」の2番目の店(~1897年)の跡地は普通の民家になっていた。

Dscn1423

Dscn1422

最初の店(~1885年)の跡地は隣の土産物屋に押しのけられそうになっていた。
フィリップ・スタルクのデザインした歴史案内板が泣くぞ。

Dscn1427

Dscn1426_2

Dscn1425_2_2


最初の店の跡地の同じ通りの角に現役のカフェ・コンセール「エリゼ=モンマントル」(1807~)があるはずなのだが……なんと、つぶれて売りに出されていた。うーむ。

Dscn1428


それでも、このピガール地区はサブカルの香りがプンプンして良いな。また来よう。

Dscn1448


これでパリ散歩はお終い。翌日のプラハ行の準備、準備!

続く。