盃を傾けながら"紳士君"と"豪傑君"の力説するそれぞれの持論に耳を傾ける"南海先生"。

民主主義を信奉する"紳士君"は述べる。
・無秩序の世から君主宰相専制政へ、立憲君主政から民主政への進化は歴史の必然。
 「世界人類の知恵と愛情とを一つにまぜ合わせて、一個の大きな完全体に仕上げるのが、民主制です」(p225)
・アジアの小国が欧州の武力に勝てるわけがない。自ら武装解除し、文化力を磨き、世界に光る精神的国家を作り上げれば、侵略者はなくなる。それでも侵略されたなら、滅んで後世に名を残すべし。
・偶然を頼みに国家の大事を決定する行為こそ、政治家の陥る最大の愚行。(p236)

一方、自国の安泰を願う"豪傑君"の意見は異なる。
・国際法が頼みにならなければ、小国が自己を守るすべは何か。
 周辺の「あの弱い大国=支那」を侵略して自国領土にすることこそ、欧州の侵略から逃れる唯一の手段。

国際社会において、ロシアこそ戦争の災いをもたらしている元凶(p259)であり、イギリスがアジア・アフリカを支配するのはロシアの横暴を防ぐためである(p235)、と"紳士君"と"豪傑君"の見解は一致する。兆民といえどもこの発想、この時代の限界というものか。

酔狂なのか博学なのか所在のわからぬ南海先生だが、その先生が二人に教え諭すのは、こうだ。
・政治の本質は、国民の意向に従い、その知的水準に見合いつつ、平穏な楽しみと福祉の利益を提供することにある。よって民主政治も万能ではなく、適用するタイミングは国によって異なる。
・ただ自ら崇拝する思想を人に強要するは、思想の専制に過ぎない。過去の思想の発現が現在の社会となる。よって思想家たるもの、大いに自説を開陳し世に広め、人々の脳髄に植え込まなくてはならない。数十年あるいは数百年の後に現実のものとなれば、それで良しとすること。
・世界平和の主張はまだ実行できないにしても、国際社会では道徳主義が範囲を広め、腕力主義が勢力を狭めつつある。これぞ自然の趨勢であり、進化そのもの。(p267)

1887年だから明治20年、中江兆民41歳の作品か。
日清・日露の戦争前の日本においてこれだけの疑似討論編が著されたことにも驚きだが、当時の議論が、2014年時点の日本を取り巻く状況にも通じることの驚きこそ大きい。

三酔人経綸問答
日本の名著36 中江兆民 所収
編者:河野健二、中央公論社・1984年8月発行
2014年8月23日再読了、2014年3月27日読了

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