シドニー・パジット氏による挿画とオックスフォード版の充実した解説により、ホームズの世界を思う存分楽しめる一冊となっている。
スピンオフ作品は数あれど、やはり本家は何かが違う。
本書の中のお気に入りを挙げよう。

『The Masgrave Ritual マスグレーヴ家の儀式』
冒頭、ホームズの有名な奇癖を並べた後、ホームズ自身の学友により持ち込まれた事件が展開される。
男女の痴情のもつれと金銭欲が招く悲劇。これだけなら平凡な探偵作品だが、イングランド史にまつわる伝承と身近な推理ものが混交し、本作を傑作へと昇華させている。

『The Final Problem 最後の事件』
スイスの美しい描写とモリアーティ教授の不気味さと恐怖が対照をなす。
自らの最期を悟り、友人ワトスンを安全な場所へと向かわせた直後のホームズの姿(p543)は清々しく、そして美しい。
推理性の皆無、必然性の脆弱さなどが批判される作品だが、それでも、男の最期を飾る物語としてすばらしい叙事詩だと思う。

1927年のシンポジウムにおけるドイル氏の講演『いかにして私は本を書くか』(p665、付録二)も参考になる。

訳者あとがきにはドイル氏の家庭事情と作品の関連性が詳しく記述されるが、研究者層ならともかく、本書の読者層には必ずしもマッチしないと思う。少し残念だ。

THE MEMOIRS OF SHAERLOCK HOLMOES
シャーロック・ホームズ全集④
シャーロック・ホームズの思い出
著者:Sir Arthur Conan Doyle、小林司、東山あかね(訳)、河出書房新社・2014年6月発行
2014年9月23日読了

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