本書は、メアリ・キングズリとフローラ・ショウの二人を軸に、西アフリカを中心とする帝国に活躍の場を見出した女性たちの物語であり、かつ、世界帝国を女性が語りはじめた時代の特徴が著される。

・レディ・トラベラーの四大特徴。女ひとり旅、30代から40代の独身、旅費は自腹、ツアーではなくトラブルを予感させるトラベルへのこだわりか。なるほど。そしてある程度の財産を所持し、教養、特に情報収集力と観察力を有する中産階級の出身であることも条件になるのだな。(p66)

著名な家族と医師を父に持つレディ・トラベラー、メアリ・キングズリ。帝国主義の先兵である軍人や宣教師ですら未踏の西アフリカの奥地へ足を踏み入れ、学術的にも重要な役割を果たし、その旅行記『西アフリカの旅』で著名人となった女性だ。ヴィクトリア時代の女性を特徴づける「厚いロングスカート、ハイネックのブラウス、頭にはボンネット」のスタイルでジャングルを歩き、大河をカヌーで上り、カメルーン山の登頂に成功したという。
・現地人との友情を深く交わしたとあるが、本当だろうか(p99)。食人民族の前では、依存心の転じた半従属の状態ではなかったか。あるいはp102にあるように現地人からは「白人男性」「サー」としての待遇を受けたこともあり、その優越感も働き、「同等」の友人としたのだろうか。
・晩年(といっても享年37歳)はボーア戦争の従軍看護婦として南アフリカに身を置き、捕虜に対するイギリスの待遇について憤慨する。この彼女の怒りが、後日、大英帝国の責務と矜持についての論争を引き起こすことになる。遺したものは大きい。

地主の家系にしてフランス貴族を母に持つ敏腕ジャーナリスト、フローラ・ショウ。後に「植民地の奥方」となることでヴィクトリア時代の女性の二つの人生を歩むことになる彼女は、高級紙「タイムズ」記者時代にやらかした「ジェイムソン侵入事件」への関与により、後世に名を残すこととなる。
・彼女の帝国への関わりは、娘時代に親交を得たジョン・ラスキンの講演に始まる。帝国に対するイギリス人の民族的誇りと責任観、帝国支配の精神論が彼女を捉え、植民地支配を正当化する考えが彼女の日常に浸透する(p136)。
・港湾地区の貧困調査は彼女を打ちのめす。人として最低限の生活に追いやられた家族や売春でその日を生きる少女たちを目の当たりにし、苦悩する彼女に、ラスキンの教えが閃く。帝国植民地との交易、あるいは収奪によってロンドンの、ひいてはイギリスの貧民を救うという発想。帝国主義むき出しの思考だが、この時代の空気が、ひとりの女性ジャーナリストを育成させることになる。
・後年、「タイムズ」の植民地欄を任された彼女の筆は、政治家、ひいては世論を左右することになる。ある意味、大英帝国の舵を担ったともいえよう。
・ケープ植民相セシル・ローズとイギリス植民地相チェンバレン。この帝国主義の両巨頭を結ぶ立場になった彼女は、ボーア戦争の引き金となる「ジェイムソン侵入事件」へ関与し、議会で証人喚問を受けることになる(p150)。毅然とした証言はさすがだが、これを契機にジャーナリスト生命は絶たれてしまう。
・50歳にして初代ナイジャリア高等弁務官の妻となったフローラは、しかし、植民地の奥方として退屈な人生には耐えられない。あくまでも「イギリス人からの視点」でしか帝国を観ることのできなかった彼女も、時代の人でしかなかったんだな。


本書の後半は、中産階級出身者の専門職「レディ・ナース」として世界各地へ赴任した看護師と、女性宣教師の人生が語られる。
それにしても、東インド会社だけでなく、セシル・ローズの南アフリカ特許会社、ニジェール特許会社(王立ニジェール会社)など、イギリスの触手の多彩さと「現地介入」の巧みさには恐れ入るな。

女たちの大英帝国
著者:井野瀬久美恵、講談社・1998年6月発行
2014年10月19日読了

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