最終章『16歳、私の東京裁判』で第7章までの400頁分のエピソードが一気に収斂する。
「35年前の戦争に傷を負い、日本人に深い恨みを持つであろうアメリカ人」衆目の中、公開ディベートで「アメリカ人らしい」高校生と、指導教官と対峙する1981年の日本人留学生。

公開ディベートのテーマ。日本の天皇ヒロヒトには、第二次世界大戦の戦争責任がある。
不愉快、読む人によっては実に不愉快だろう。だが正鵠を得た力強い文章に迷いはなく、16歳のマリ・アカサカは、赤坂真理は断言するのだ。
「日本人とは何かを、私は、答えられない」(p454)

シャーマンの系譜でもあろう「あの人」が現われる描写も、あくまでも自然だ。そう、自然界の一部としての人間がこの作品に通底している。最初違和感があった世界観も、「東京裁判」のはじまる頃には自然と受け入れられる。赤坂真理の描写力!

最終弁論ふたたび。被告席に座るマリが昭和天皇その人の魂と一体となり、敵意むき出しのアメリカ人たちと対峙するは姿は圧倒的で、鳥肌が立つ。
キリスト教の敵。
「東京大空襲や原子爆弾投下は、ナチスのホロコーストと同次元だ」(p521)
そうか、ここまで踏み込んで議論するべきだったのだ。

著者の勇気に感服。
戦争で敗北した日本人が「日本人」としてあり続けるために、われわれは議論するべきなのだ。

東京プリズン
著者:赤坂真理、河出書房新社・2014年7月発行
2014年11月2日読了

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