明治33年に登場し、爆発的に普及した絵葉書は、一部では新聞や雑誌媒体よりも早く直截的に世相を伝え、それが故に現在では歴史的資料となった。
本書は、多様な絵葉書を"一級のメディア媒体"と捉え、短くも光彩に満ちた大正時代の雰囲気を探る。

・まだ写真技術が稚拙であり、グラフ誌のなかった時代、時として絵葉書は時事速報性と美的要素を併せ持ったメディアとして駆使された。特に皇室行事、日露戦での戦地生活(p13)、博覧会・旅行先からのものは、いま見ても新鮮に感じる。

・「第一回国勢調査記念」(1920年)はアイヌ、台湾、朝鮮、満州、南洋諸島の各民族、さらに南樺太のロシア人が大和民族と共存する姿が描かれ、大正の日本帝国は多民族国家であったことがわかる(p66)。

・日英同盟がいかに当時の日本にとって重要であったか(p95)。悔しくもアメリカ主導下、1922年のワシントン会議で同盟破棄が決定され、以降は外交路線がフラつきヨロメキながら、太平洋戦争への道をまっしぐら。日英の王室外交の展開された1920年代の路線が継続していたらと思うと、残念でならない。

・関東大震災の描写・写真絵葉書も多数残されている。混乱の中の写真が含まれるから規制を逃れ、まる焼け死体などのえげつない絵葉書までのこされている。辛いな(p121)。
・関東大震災からもうひとつ。震災直後、帝国ホテルでのアメリカ海軍兵の写真が残されている。解説によると、震災直後に東洋艦隊(第七艦隊の前身かな?)が急行し、救護活動にあたってくれたとのこと。義捐金もアメリカが一番多く、何か、東日本大震災でのアメリカの支援が思い出されるな(p122)。

・大正文化は発展・爛熟し、昭和天皇の時代に頂点を迎えるも、やがて絵葉書はグラフ誌とともに、左右両勢力のプロパガンダに利用され、最終的には軍事体制の一翼を担うようになる(p160)。まるで、"モダン・ガール"がモダン・マダムとなり、そのまま戦争期の"報国婦人"へと変遷したように。


明治末期から昭和初期にかけての「長い大正」時代の雰囲気がよく伝わってくる。続編=昭和・戦前日本編の出版が待ち遠しい。


絵葉書で読み解く大正時代
編者:学習院大学史料館、彩流社・2012年12月発行
2015年2月3日読了

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