1904年当時の最新の文明機械=自動車を駆って、イングランド南部はサセックス州の海岸を行く男。
スピードの緩急を自身でコントロールする楽しみを得られる特権階級でもある。
騎馬道を上り下り、エリザベス朝時代の美しい石館にたどり着く。
館と庭園を駆ける子供たちの悪戯に満ちた仕草は、かつて子を持った身には懐かしくもあり、館の盲目の女主人とともに愉悦のひと時を過ごす。
・美しい声の曳く水脈を静寂はゆっくりと閉ざした。(p297)
・視覚的日常とは異なる、盲人の知覚的世界。見えざる"色"の世界の描写も素晴らしい
ふたたび、みたびの訪問。
姿を見せない幼子たち。そのひとりから掌に「小さな優しい接吻」(p320)を受けた刹那、男は一切を悟った。
幼子は、死に別れた愛娘。「彼等」の正体も、本当は最初からわかっていたのだ。
「ありがとう」
子を持たなかった夫人との時間は、スピード時代の車窓の風景のように過ぎ去ってゆく。
男はキプリング自身の投影だ。
イギリス人初のノーベル文学賞の後期短編は、文章が練りに練られている。
著者初期のインドもの短編は魅力的だが、本作も行間を"読み取る"愉しみに浸ることができた。
'They'
「彼等」
怪談の悦び 所収
著者:Rudyard Kipling、南條竹則(訳)、東京創元社・1992年10月発行
2015年2月11日読了
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