自らの努力不足を棚に上げ、資金と創作時間の少なさの原因を世間に転嫁して些末な日々を送る文学士、高柳君。出自の差異はやむを得ないとして、富裕な友人、中野君の文学界での成功をうらやんでいる。煩悶はむなしい。
ある日、中野君を通じて壮年の文学士、白井先生と知古になるが、彼は高柳君が中学校時代、他の教師から扇動されて学校から追い出した人物その人であった。
5章に示される「解脱と拘泥」論と11章の白井先生の講演により、高柳君は救われる。

8章。一人ぼっちだと不平を鳴らす高柳君を、白井先生は諭す。
人より高い平面にいると自覚しながら、人がその平面を認めてくれないと不平を鳴らすから一人ぼっちなのだ。そんな平面は人も昇ってくるレベルであり、煩悶するのは矛盾だ、と。
「枯れる前に仕事をするんです」(p387)

そして11章。束縛の無い自由。この自由をいかに使いこなすかは個人の権利であり、大いなる責任である。偉大なる理想を掲げよと白井先生=漱石は説く(p429)。僕はここが気に入った。
理想を持ち、行けるところまで行くのが人生(p433)。そのために何をなすべきか、日々考えるようにしたい。

野分
漱石全集第三巻所収
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年2月発行
2015年5月24日読了

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