新潮クレストブックスから選りすぐりの10篇が収録される。


個人的には、『停電の夜に』の著者、ジュンパ・ラヒリの『When Mr.Pirzada came to Dine ピルザダさんが食事に来たころ』に興味が沸いた。

両親の知り合いである「インド人」の面識を得た、アメリカ東海岸に生きる少女だった"私"。隙のない紳士である彼は、自宅へ来訪するたびに"私"にお菓子をくれる。
やがて"私"は知る。彼はインド帝国から分離独立したパキスタン=イスラーム国の人であり、やがてはバングラデシュ人となることを。
七人の娘と妻と懐かしい我が家。彼のダッカへ残してきた大切な家族への思いが、"私"にも伝わってくる。

東パキスタンからインドへなだれ込む600万人の難民。テレビ画面を見つめる「沈着だが神経は張りつめている」(p90)彼の不動の表情。

1971年の冬、第三次インド=パキスタン戦争が勃発。地球の裏側では平穏なハロウィーンだ。「冷静にびっくりしたとでもいうべき顔」(p98)が、彼、ピルザダさんの内面を現している。
遠い人となったピルザダさん。その時になってようやく"私"は、遠く離れた人への思いを知ることになるのだ。


もう一遍、『朗読者』の感動が忘れられないベルンハルト・シュリンクの『Der Sohn 息子』を取り上げたい。

内戦終結の近い中南米のとある国へ、国際監視団の一員に志願し派遣されたドイツ人学者。数々の国際委員会や平和協定の原案作成に参加してきた重鎮がなぜ、いまさら"現場"なのか。
日常でのちょっとした環境の変化が、こころの変化を導くこともある。
ニューヨークの恋人との諍い。そんな夜でも、ドイツ人学者の鞄にネクタイを忍ばせてくれる彼女のような気遣いは、自分にはなかったものだと、彼は最後まで悟ることはない。
息子との心の距離も、そうやって育まれていったことのだと気づくこともない。

柔らかな焦燥感に包まれる、国際監視団受け入れ国の本音と、ドイツ人学者の息子への本音。

肉親との隔たり。そして先進欧米諸国の裕福な市民と、紛争が日常と化した低開発国の人民との間の隔たりも、決して埋まることはない。
その溝がラストシーンの幻影を作り出す。

アダム・ヘイズリットの『Devotion 献身的な愛』も印象的だ。
「わたしたちは乗り越えていくの。これを乗り越えていくのよ」(p68)

磨き上げられた10種類の宝石。かいつまんで手に取り、その特徴に触れて楽しむような読書感覚を味わえた。


新潮クレストブックス 短編小説ベストコレクション
記憶に残っていること
編著者:堀江敏幸、新潮社・2008年8月発行
2015年9月19日読了

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