漱石全集第五巻附属の解説書に、司馬遼太郎さんによる「『三四郎』の明治像」が掲載されている。そう、首都東京にだけ文明があり、田舎はなお、江戸時代をひきずっている明治41年という時空の中にこそ、現在も読み継がれる奇跡の名作『三四郎』は生まれた。

当時の世相がふんだんに盛り込まれて面白い。バイオリンの流行、女学生の「よくってよ、しらないわ」言葉(当時の大人からは「下品」な物言いと映ったらしい)、三越呉服店、西洋式劇場の萌芽(升席もあり)、西洋軒(上野精養軒)。上空を舞う飛行機・飛行船はまだない(明治43年から)。
鉄道客車のランプは、車外に車夫が上り、天井から吊り下げていたんだな。

多彩な登場人物は誰も魅力的だ。いつしか師と仰ぐ広田先生、同学の友人佐々木与次郎、理学士野々宮宗八(寺田寅彦)、美禰子の親友野々宮よし子、有名画工の原口氏(黒田清輝)。

そして、里見美禰子。
東京大学構内、三四郎池の畔に団扇を持って座る彼女のモデルを黒田清輝『湖畔』に、漱石とわれわれ後世の日本人は観て、思いをシェアすることができる。実に魅力的な女性だ。

「風が女を包んだ。女は秋の中に立っている」(p370 広田先生の引越先で)
「三四郎が半ば感覚を失った眼を鏡のなかに移すと、鏡の中に美禰子が何時の間にか立ってゐる。…美禰子は鏡の中で三四郎を見た。三四郎は鏡の中の美禰子を見た。美禰子はにこりと笑った」(p489 里見宅で)

意識する三四郎。だが、彼女と結ばれることはない。
冒頭、熊本の第五高等学校を卒業して東京へ向かう列車の中で出会った年上の女性。京都で一夜を共にしつつ翌朝、彼女から「あなたはよっぽど度胸の無い方ですね」と言われるところに、彼の性格が凝縮されている。
美禰子に対しても同じこと。菊人形展を抜け出て二人きりになった川辺で、
「迷子の英訳を知っていらしって」(p417)と三四郎に問い、
「stray sheep、stray sheep」と独りごちる美禰子(p419)。
翌日、彼女からもらったハガキにも描かれた「二匹の羊」。このとき三四郎は理解し、行動するべきだったのだ。

明治日本の迷える男と強くなる女。二匹の迷える魂の最後の邂逅。
「四丁目の夕暮。迷羊。迷羊。空には高い日が明らかに懸る」(p604)
美禰子のハンカチにはヘリオトープ香水。三四郎に選んでもらったヘリオトープ。
美禰子はハンカチを落とす。嘆息を漏らす。

時間をおいてまた読み、近代化する日本と三四郎の青春の追体験を愉しみたい。

三四郎
漱石全集第五巻所収
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年2月発行
2015年10月3日読了

Dscn3719