福州の港へ向かう商船が南シナ海で遭遇した猛烈な台風。遭難寸前の汽船の中で、個人のありようは、その行動に如実に現れる。
20年におよぶ船員体験を活かしたコンラッドならではの描写が光る海洋中編小説。特に第四章に示される機関室(エンジンルーム)や汽罐室(ボイラールーム)で機関長や火夫の奮闘する場面や、巨大なレシプロエンジンの動作する様子は、まさに圧倒的だ。

・舞台となる商船「南山号」はイギリス船籍だが、航海直前にオーナーの意向でタイ船籍に変えられる。ユニオンジャックに代わって掲げられるライオン旗に不満を持つ若い船員のデュークスに対し「どうでも良いこと」と素っ気ない態度を示すマクファ船長。この、物事をありのままに受け入れる朴訥な性格が、苦難にあって船員を引っ張ってゆく。「海上をさ迷う寡黙の人」(p22)

・海と気象に関する多彩な表現が本作品の魅力だ。
「船の行く手遠くの暗闇は、地球の星月夜を通して眺めた他の世界の夜のやうだった」(p35)
「触れば手に取れるかと思はれる程の濃い眞つ暗闇が、目の前に降りて来た」(p48)
「天鵞絨のやうな暗黒のなかで燃えてゐる血の池」(p87これはボイラー口)

・船橋、上甲板、船倉、船底と舞台は移るが、登場人物(すべて船員)に引けを取らない存在感を示すのが船そのものであり、空、海、そして恐ろしい波である。
「船はまるで世界の涯(ハテ)から陥落するように、波の底へと逆落としに潜って行った。機関室は地震に揺れる塔の内部のやうに、気味が悪いほど前方へ傾いた。鐵の器具類が落ちてくる恐ろしい響きが、汽罐室から聞こえてきた」(p92 大波をかぶって瞬間、水面下に沈みゆく船内の描写)
「機関の運動には、用心深い智慧の賢しさと、強大な力の慎重さとがあった。乱心したような船を辛抱強く宥めすかして、荒れ狂う海を乗り越え、風の中心に向かって突き進んでゆく。それがこの期間の仕事なのだ」(p91)

・苛烈な船内の状況と並行して、ヨーロッパで安穏に暮らす彼らの家族の生活はユーモラスでもある。亭主元気で留守が良いってやつか。知らぬは主人ばかりなり。

・悲しいかな、「間抜けな支那人ども」(p90)の「苦力の群」(p37)は人間ではなく、船倉にぶち込まれる"荷物"扱いだ。「支那人にはもともと魂などないともいふ」(p128) 20世紀初頭の欧米人が半植民地の中国人をどう見ていたかがよくわかる。

古書店で購入したで旧文字遣いの昭和12年版(昭和13年第三版)は読み応えがあった。現代的には違和感ある翻訳語も散見されるが、これはこれで味があって良いかも。
(一等運轉士=一等航海士、暹羅シャムロ=タイ国)

Typhoon
颱風
著者:Joseph Conrad(Teidor Josef Konrad Korzeniowski)、三宅幾三郎(訳)、岩波書店・1937年2月発行
2015年11月24日読了

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