アール・デコの魅力。それは装飾的細部の力(p126)であり、グローバルでありながらローカル・アイデンティティの色かたちを併せ持つところにある。
本書は、1920年代から戦後にかけて世界中で建設されたアール・デコ建築の、いまなお現存する作品を観て触れる楽しさを随所にちりばめた、魅力ある一冊となっている。

・1925年に現代装飾美術・工業美術博覧会が開催された本場、パリをはじめ、ロンドン、ベルリン、ストックホルムなどの西欧、キュビズムのチェコ、スターリン様式のロシア、ポーランドなどはアール・デコの宝庫だ。博物館等の公共建築にとどまらず、集合住宅の解説と著者撮影による美麗な写真を楽しめる。

・ニューヨークにはクライスラー・ビル、エンパイア・ステート・ビル、ロックフェラー・センターにとどまらず、5thアベニューをはじめアール・デコが摩天楼にひしめく。『華麗なるギャツビー』の時空に思いを馳せるのは楽しい。

・フランス式アール・デコの精華と、マヤの造形による意匠の渾然一体となった濃密な造形空間(p56)となったメキシコ宮殿は魅力的だ。

・ヒンドゥー的、イスラム的な要素を持つインドのアール・デコは1930年代のもの。この時期はイギリスからの独立運動が盛んになり、英国式オリエンタリズムからの脱却の意識、半英国運動の一端(p78)と捉えられる、か。

・北アフリカのイスラム世界にアール・デコの溶け込む様(p99)は、その幾何学的要素がムスリム的装飾=キリスト教芸術と異なり、偶像を排し単純な要素を繰り返す造形との一致が見られるのは面白い。

・第9章「日本のアール・デコ建築」には力が入れられている。旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)、日本橋三越、「ライト式」帝国ホテル旧館、駒沢大学図書館、武庫川女子大学甲子園会館、大丸心斎橋店など、全国に残る建築物が紹介されている。

・そして氷川丸。横浜港に係留されている戦前の大型客船だが、これがアールデコの内装を持つ唯一の現存する船だとは知らなかった。貴重だな。

老朽化により、あるいは耐震性などの理由により、当時の暖かみある面影を遺す建築物は取り壊される運命にある。現存するうちに鑑賞しておかねば。


図説 アール・デコ建築 グローバル・モダンの力と誇り
著者:吉田鋼市、河出書房新社・2010年10月発行
2015年12月18日読了

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