『蒲團』
神戸仕込みのハイカラ女学生、芳子。日露戦争後の東京にあって、その華やかさは周囲の目を惹く。
渠(かれ)、すなわち文学における彼女の師匠となった妻子ある時雄もその色に惑う。師としての威厳を保ちつつ「機会」来たらんことを願う。曖昧な時は過ぎて「機会」は去り、彼女に京都の恋人ができたことを知って独り煩悶する日々が、季節感鮮やかな筆をもって綴られる。
・ツルゲーネフ「その前夜」のエレーナの強い意志と恋に、芳子は自分と同志社の恋人を重ねる。教授しながら恋の眼差しを隠す時雄。苦しい関係は続く。
・疑惑と嫉妬。大學を中退し上京した男に会う芳子。「温情の保護者」として振る舞う時雄の心中は複雑だ。
・娘を神戸女学院へ入学させた理由を、田舎者の虚栄心のためと吐露する父親。それが当世風の恋愛観に染まり、霊と肉を男に許したとあっては帰国を強制せざるを得ない。当時、同様の理由により田舎へと帰国する女学生の多かったことが花袋の筆にみてとれる。

『一兵卒』
終夜働いて翌日は砲火を交え、銃弾をかいくぐり、野戦病院の環境は醜悪。そのために回復を待たずして戦線に復帰した一兵士。脚気を抱え、支那人苦力の押す荷車に乗っては上官に下され、兵営では一合の飯にしかありつけず「しるこ宿」に休息の場を求める始末。
さびしい悲しい夕暮れは譬え難い一種の影の力を以て迫る。長大なる自己の影。母と妻子の街故郷への追憶、悲嘆、空想よりも脚気の苦痛に呻き叫ぶ。運命に抗えずこの世を去る苦痛か、それとも解放か。
一個の兵士の哀しみ。

明治の自然主義文学をリードした作家の作品だ。古書店で購入した旧文字遣いの昭和5年版(昭和13年第十二刷)は読み応えがあった。現代的には違和感ある文字も味があって良い。

蒲團・一兵卒
著者:田山花袋、岩波書店・1930年7月発行
2016年9月12日読了

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