ホームズといえばヴィクトリア時代が思い浮かぶが、『帰還』シリーズでは20世紀初頭を舞台に活躍する探偵の姿も描かれる。すなわち、漱石ロンドン留学の時代である。本書は、世紀の狭間に同時代のロンドンを生きたホームズ(ドイル)と漱石を、ロンドンの地理的条件と当時の社会情勢-ボーア戦争と日露戦争-に着目しつつ、その足跡を辿る。

・自転車ブーム、電気灯、新しい女性像。時代精神のモダニズム(p58)はホームズ物語と漱石の日記にも活き活きと描かれる。日英同盟締結と日本ブームも嬉しい限り(p72)。

・漱石の第二の下宿の存在したカンバーウェルの街、すなわち新旧入り混じった川南の迷宮世界の様子を、漱石の作品・日記とドイルの手による「四つの署名」を絡めて探り出す手腕は素晴らしい(p159)。

・漱石の留学したのはボーア戦争中のロンドン。その情景が大作家の作品に影響を及ぼさないはずがない。『趣味の遺伝』『吾輩は猫である』『三四郎』には日露戦争についての漱石の見解が存分に現れるが、国家主義に踊らされない個人主義を大切にする姿勢は、時代を超えて重要だと思う。

ふたりの異才。「その魂の響き合いが、百年の歳月を超えて、今なおロンドンには谺する」(p229)とある。漱石没後100年の現在、20世紀初頭と21世紀の邂逅を想うのも悪くない。

漱石とホームズのロンドン 文豪と名探偵 百年の物語
著者:多胡吉郎、現代書館・2016年7月発行
2016年9月25日読了

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