本書は、1914年に国費留学生としてブリュッセル、パリ、ベルリン、ロンドンを1年間渡り歩いた著者の欧州滞在記と、そこから導かれた東西文明論が展開される。すこぶる愉しい読書体験を味わえた。

・自然をあるがまま、ひとまとめに圧縮したものが日本文化、細部に分解し、その結果を再統合したものが西洋文化とある(p23)。わかりやすい。あと、彼の地では平等思想が勢いを増しつつあるにもかかわらず「驚くべきほどの階級の思想がある」ことを著者は特徴としてあげる。

・個人主義と権利の主張。カフェでの釣銭とチップ問題(p32)。文明国で"家"を有するは日本のみであり、西洋のそれは鍵付き"部屋"である(p43)、犬の茶碗と人間の茶碗(p64)、トイレ問題(p66)など文明比較は多岐に渡る。

・整頓、秩序、組織という文化(p184)と、自由の気風の差異。独逸式と英国風の比較論が興味深い(第3章)。

・パリでは下宿探しに骨を折り、カルナヴァレ博物館の展示物にアントワネットはじめギロチンに斃れた人物の啾々(シュウシュウ)たる鬼哭を聞き、自動車の車掌や荷馬車の馭者に革命の血潮の流れるを感じる(p215)。女権拡張論者のデモに期待して出向くも、期待外れに終わり……と実に面白い。

・ベルリン滞在中にグレート・ウォー=第一次世界大戦が勃発。日本がロシアに宣戦布告したとの偽情報が街に広まり、日本人が大歓迎される様子は面白いが、後に敵国に回ったことが知れると日本人は次々に拘留される。著者はその二日前にベルリンを脱出し、手荷物ひとつでロンドンへと赴くことになる。その逃避行の切羽詰まった様子がリアルに上述される(p137)。

・独逸の興隆を脅威に感じていた英国にとって、ドイツとフランス・ロシアの開戦は好機であり、むしろ好んで対独戦争を遂行したとある(p158)。なるほど、外交も戦争も、イギリスはしたたかだ。

・ロンドンでは、寄席「エンパイヤ」で出し物を観る。1シリングの平土間でコント、女性ヴォーカル、道化師梅など7~8種のヴァラエティを愉しめたとある(p235)。いまは廃れたミュージック・ホールの全盛期を堪能したってことか。日本人出演者、小天一の水芸とは何だろう、気になる。

・最期はロンドンの物価高に音をあげて、ハンプシャー州のチリガミもろくに無いような小農村に家を借りることになる。地主富裕層と労農者のあまりの格差に憤る一方、日英同盟の影響もあって、彼の地でも日本の文物の知れ渡っていることに著者は嬉しさを感じ取る(p244)。

彼の地で遠く日本を顧みて、彼が結論付けたもの。それは日本文化の独自性であり、日本民族の優れた特性である。狭隘な愛国主義に陥ることなく、異国の地で彼我の文明比較を行い、あらためて自らを識ることの意義を知らしめてくれる一冊と言えよう。

西欧紀行 祖国を顧みて
著者:河上肇、岩波書店・2002年9月発行
2017年2月13日読了

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