1910年夏のロンドン滞在記。全編ウィットに富んだ文章が嬉しい。
良く見て、良く歩き、好奇心の塊となって「なんでも見てやる」姿勢が、3か月の滞在で500ページ弱の記録を育んだ。

漱石がヴィクトリア女王の大葬を目撃したのは有名だが、その息子エドワード7世の大葬に新聞記者として臨んだ如是閑は、より詳細な記録を残している。

・1910年に開催されたJapan-British Exhibition(日英博覧会)のことがところどころで触れられる。エドワード7世崩御のために開催が危ぶまれるなど、あまり記録が残っていないだけに貴重な記録だろう。

・ウェストミンスター橋を往来する路面電車。牧野義雄の1907年の作品「ウエストミンスター橋:春もや」には現れていないが、1910年の写真にはおびただしい数が現れている。この間の発展著しいってことか。

・omnibus、乗合馬車が姿を消すことに如是閑は失望を隠さない。
「やはり文明の風は何処を吹くという超時代の顔をしたデクデク肥った御者」を乗せた乗合馬車のほうが乗合自動車に勝ると言う。
「極端に走る進歩主義と、頑として動かぬ保守主義と、撞着しつつ旋回しつつあるのが、英国の空気であるとともに倫敦の色彩である」とし、1911年8月に乗合馬車の営業が終了することに対しては「倫敦の凡化である」と厳しい。(p221)

・日露戦争を勝ち抜いて国威揚々たる祖国と大英帝国。その彼我の文明観の差異が浮き彫りにされる様は、重心低く研ぎ澄まされた観察眼と独特のみずみずしい感性との成せる技と言えよう。

・カフェと「街の女」の英、仏、独の比較が面白い。ロンドンとパリを決定的に差異つけているものがカフェの有無であり、すこぶるその色彩を異にするとある(p249)。

・神戸の市電と舗装道路が比較対象とあげられるのは個人的に嬉しいところ。

・大英帝国最盛期とはいえ、その繁栄を驚かすドイツ人やアメリカ人に向けるイギリス人の敵意の強さを特筆している。


日本への帰路は日本海軍の軍艦とP&O客船、日本郵船客船を乗り継ぎ、インド洋航路を渡って帰国の途に就く。
軍艦"生駒"に乗艦してプリマス港を発し、ビスケー湾を経てジブラルタルへ。地中海の入口を制する英国の力量を嘆賞し、ナポリへ往く。快速たる最新軍艦の機関室でウヨウヨと火夫の立ち働く様を見て如是閑は記す。
「大いなる文明の底には大いなる野蛮がある。堂々たる軍艦の底にはこの地獄がある」(p434)

ジブラルタル、ポート・サイード、スエズ、紅海、アデン、コロンボ、マラッカ海峡、シンガポール、そして香港。ナポリを除く停泊地と航路のすべてが英国支配下にあることに言及して後、「平和というものが強者に依って保たるる事は有史以前の社会も今日の社会も変りはない」(p472)のだから、欧州の英国、南北アメリカにおける合衆国のごとく、東洋で覇権を握り、平和を確立することこそ日本の使命である、と如是閑は説く。
1910年の新聞記者の意見からしてこれだ。そりゃあ世論も力を信奉するベクトルが働くわけだ。

外交に安定をもたらすのは力の不均衡であり、それは強者の意思によって維持される。これは帝国主義時代を経て、現代においても変わらない究極の事実ではあるが、それをあからさまに肯定するのはどうだろうな。

倫敦!倫敦?
著者:長谷川如是閑、岩波書店・1996年5月発行
2017年5月27日三度読了

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