旅に何を求めるかによって、その見聞と体験から得た心象は人によって異なり、それぞれの世界認識が形成される。ただ、明治、大正、戦前昭和のP&Oあるいは日本郵船の欧州航路を巡る旅では、西欧近代に追いつこうとする意識が強力に作用していたであろうことは想像に難くない。
本書は豊富な図版、写真、地図とともに、著名人から一般人まで、帝国興隆期に欧州航路を旅した先人たちの物語をふんだんに盛り込み、刺激的な読書の楽しみを十二分に提供してくれる一冊となっている。

・日本人が憧れの地へと向かう欧州航路。それは転じれば、列強によるアジア進出の足跡であり、その寄港地は植民地の主要都市または租借地である。あらためて地球儀を俯瞰すると、20世紀初頭の大英手国のアジア航路と寄港地の規模と、その統治の巧みさには驚嘆させられる。

・「他者性を鏡とすることで、そこに映し出される自己の姿が、心象地図にはクローズアップされてくる」、欧州航路を辿ることで、その船客はいやおうなく、極東の新興帝国である日本、その自意識を強く認識するに至る(p16)。非日常の異文化に触れながら、他者と自分を考えること、そこに旅の意味があることは現代でも変わらない。

・青年層の行動力には舌を巻く。欧州の大衆社会を見んとして外国船に乗り込み、結果的にアジアの下層社会の現実を目の当たりにしたのは、なんと広島の一農民である。

個人的には第五章「一九二〇年代に到来するツーリズムの季節」が興味深かった。欧州航路乗船客のために日本郵船が発行した各種ガイドブック、初めての船旅での、まるで弥次喜多珍道中のような面白エピソード、日本郵船を好んで乗る西洋人の趣向、日本郵船独特のデッキパッセンジャー、和辻哲郎、南部兄弟商会、等々。現代観光旅行と重なるものがあるな。

様々な文化圏との差異や落差を体験しながら、時間をかけてその意味を反芻すること(p279)。飛行機での移動が主流となった現在では失われて久しい旅の"重み"を追体験できた。

海の上の世界地図 欧州航路紀行史
著者:和田博文、岩波書店・2016年1月発行
2017年7月9日読了
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